勝ち組とか負け組とかいう言葉はあなたを誘導しようとしている

こんにちは、霧島もとみです。

「勝ち組」「負け組」という言葉を聞いたことがあると思います。一時はメディアを席巻してそれこそ耳にタコができるほど聞かされた言葉なんですけど、時々思い出したようにまた使われたりして、そのたびに「何だかなあ・・・」と違和感を覚えていました。

そもそも勝ち組・負け組の定義って何なんでしょうか。

定義が曖昧なまま、完全に雰囲気だけで突っ走っているとしか見えません。

本来はありもしないものに名前を付けて概念化するこの手法は、よく使われます。
言葉を作ることによって実体があるもののように錯覚させる方法ですね。

ですが「勝ち組」「負け組」という言葉にはそれ以外の狙いが込められています。
意図したものかどうかは分かりませんが、単純に概念化するだけではない、別のもう一つの重大な作用があります。

それは、「組」というグループとして表現することによって、それを聞いた人間を無意識のうちにどちらかのグループへ所属させてしまうという誘導効果です。

「◯◯組」
「◯◯族」
「◯◯層」

このような言葉は、常に誘導の危険性を孕んでいます。
だからでしょう。「煽る」タイプの表現者は、これらの言葉を積極的に発信します。

これらの言葉に込められた危険性と、それに取り込まれないための予防策をまとめました。

「勝ち組」「負け組」を「勝者」「敗者」と言わない理由

例えば年収の多い人のことを単純に「勝ち組」と言うと仮定します。

この場合は平均年収のデータを元にして線引をして、一定ラインを超えた人たちを「勝ち組」と定義するとしましょう。

でもね。別に「勝ち組」じゃなくても良いと思いませんか?例えば「勝者」でも良い。人生に勝った負けたという評価を年収だけで見るというのなら、そこで基準を超えた人たちは皆「勝った人」ということになりますからね。

「人生の勝ち組」
「人生の勝者たち」

勝った人たち、という活字としての意味はそれほど変わりがありません。

ところが活字から受ける印象に目を向けると、脳内に浮かび上がるイメージを考えると、この2つの言葉は違う意味合いを持つようになります。

「人生の勝ち組」は、勝ち組という一つの集団のイメージ。
「人生の勝者たち」は、一人ひとりの勝者が複数いるイメージ。

どちらの方がより強い印象を受けるでしょうか。そう、「人生の勝ち組」という言葉に強い印象を覚える人が圧倒的に多いはずです。

なぜかというと、人間には集団への所属という本能的な傾向があるからです。
その分だけイメージにも敏感に反応してしまいます。

だから同じような意味であるにも関わらず、より強烈な印象を与えようとして、「勝者」ではなく「勝ち組」、「敗者」ではなく「負け組」という言葉を使うのだと考えています。

ところが「勝ち組」「負け組」という言葉には印象の強さだけではなく、別の作用が働きます。それは言葉を耳にした人間を無意識のうちに特定のグループへ所属するよう誘導する効果で、大変危険なものです。

集団への誘導に弱いという特性がある

集団に参加

人間には集団への誘導に弱いという特性がある、というのが僕の仮説です。

僕は心理学や社会学の専門家でもなんでもない一般人ですから「エビデンスを出せ」と言われるとグウの音も出ずにお手上げになってしまうのですが、推論としてはこうです。

人間は進化の過程で認知革命により集団行動を取れるようになった。
これが陸上を制圧した大きな原動力となった。
集団行動を本能的に求める個体とそうでない個体とでは、本能的に求める個体が生き残る可能性が高い。
長期間の原始的な生活の中で、集団行動を本能的に求める個体が多く生き残った。

でもまあ、それほど難しく考えなくても、コミュニティーを求める心理があることは誰もが認めるところだと思います。

僕は長い間、自分自身の集団への所属意識の存在を認められずに苦悩しました。

ではそんな「集団への誘導に弱い」という心理傾向を持った人間が、「勝ち組」「負け組」という言葉を聞いたときにどう反応するでしょうか。

これなら自分は勝ち組だなあとか、負け組の方だなあとか考える。まあ普通の受け取り方としてそうなるでしょう。

しかしそう考えた時、もう既に「自分はどちらのグループに所属するか」という思考が始まり、気がつけば「自分はこっちのグループの所属員だ」という認識が生まれます。

この認識が狙われやすい。

「◯◯組」
「◯◯族」
「◯◯層」

という言葉を使う人は、「自分の取り込みたいグループ」と「そうでないグループ」とを言葉巧みにグループ分けし、自分の作り出したグループへの所属を誘導しようとしているのです。

ネットで見られる根拠のないサラリーマン批判や、大学生批判などもこういった誘導の傾向を感じますね。

取り込まれないための予防策

予防策としては簡単な話で、

・集団への誘導に弱いという特性があることを知る
・「◯◯組」などの集団を思わせる言葉に気をつける
・客観的に判断する知識を持つ
・自分自身の所属心を持つ

ということが出来ればおおむね大丈夫かと思います。

少なくとも「◯◯組」とかいう言葉をメディアで目にしたときに、「はいはいいつものアレですね、ご苦労さまです」くらいに突き放した目線で見る姿勢が持てれば、大分安全でしょう。

勝ち組とか負け組とかいう言葉を使う人は、あなたを誘導しようとしていることを忘れないでください。

他人のことを勝手に仕分けてんじゃねーよ、って単純に思いますけどね。

自分自身の言葉で考えることの重要性については、この記事に書いてみました。


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