「銀と金」ギャンブル依存症手前だった僕がしびれた5つの金言(完全版)

ざわ・・・
ざわ・・・

霧島もとみです。

僕が社会人になって覚えた娯楽の一つにギャンブルがあります。(注:賭博ではなく「ギャンブル」です)

22歳から約3年程、主にパチスロに嵌っていました。

・仕事が終わった後はまっすぐホールに向かう
・金曜日は閉店前に下見
・土曜日は朝一番から並んで狙う

自分で記録した収支計算によると勝ち越してはいたため、社会生活には特に支障はきたさなかったものの、心理的にはギャンブル依存症に近いものがあったのではないかと思っています。

そんなギャンブル狂の僕が「ギャンブルの怖さを見事に表現している」としびれた漫画があります。

それが、「銀と金」(福本伸行)です。

福本伸行さんは「カイジ」「アカギ」等で知られる超のつく有名漫画家です。
以前は雀荘やパチンコ屋の本棚が主な戦場でしたが、著作がドラマ化や映画化されたのでギャンブルに興味のない人も名前を聞いたことがあるのではないかと思います。

あの不思議な効果音、

ざわ・・・
ざわ・・・

の産みの親と言ったほうが分かりやすいかもしれません。

さて、その福本伸行さんの作品の中でも、人間とギャンブルについて深い洞察力で描ききった一番の名作だと僕が思うのが「銀と金」です。

そこで今日は、この「銀と金」から、ギャンブル依存症手前だった僕がしびれたギャンブルの5つの金言を紹介します。

ざわ・・・
ざわ・・・

金言1:これがギャンブルの魔性

これがギャンブルの魔性

軽い気持ちで手を出し
ほんの2 3回気を許したスキに
とんでもない地点へ連れ去られてしまう

(中略)

彼は出会った者の財産・未来・良心を喰いちらかす
この世で最も性悪な魔物……
ギャンブル……!

(引用:銀と金 第38話地獄に堕ちた勇者)

この一言は、ギャンブルをしたことがある人なら誰でも胸に刺さる一言でしょう。

この金言が生まれたエピソードはポーカー勝負編

主人公の森田鉄雄が、建設会社社長の御曹司・西条進也と億の金を賭けたポーカー勝負をするというエピソード。

もちろん普通のポーカーとは一味も二味も違います。
ギャンブル漫画のプロ、福本伸行先生が仕掛けたのは「青天井現金勝負ポーカー」です。

ルールは次の通りで、

・賭け金額は無制限(青天井)
・積まれた額を積めなければ負け
・借金は一切認めない現金勝負
・30分以内に用意出来なければ負け
・それ以外は通常のポーカーと同じ

ざっくり言うと「現金をたくさん持っている方が勝ち」という勝負です。

漫画では
「相手のカードを見るトリックを仕掛けた西条」
「トリックを見抜いて裏を取ろうとする森田」
「億を超える現金の積み合い」
という3つの要素が絶妙な仕掛けとして用意され、ギャンブルに身を焦がす男たちのキリキリした心理が描かれます。

さて、この金言は敵・西条の心理状態を指摘したものです。

勝負を始める前、西条は「8千万もあれば勝てる」と考えていました。

ところがその見込みは外れ、2億、3億、4億とまたたくまに金額は上がっていきます。

「もう……こんな勝負いやだ……」

「たのむ……降りてくれ……!」

(引用:「銀と金」第38話)

祈りながら金を積む西条の願いをよそに、積み合う金額は膨れ上がるばかり。

なぜなら撤退は「負け=積んだ金を全て失う」ことを意味するため、西条はやめることが出来ない。相手の金が尽きるのを願ってただ積み続けるだけ…。

この状態、つまり、ギャンブルの魔性に取り込まれた心理を見事に表したのがこの金言です。

最初は「これだけにしよう」と思っていても、気がつけばとんでもない地点、つまり自分に相応の範囲を超えてまで賭けてしまうのがギャンブルの魔性

(引用:「銀と金」第38話)

僕も大いに経験があります。
金額こそ小さいものですが「今日はこの金額まででやめておく」と決めたルールを何度破ったことか……。

その行きつく先は、ほとんどが予想を超える大負けになるのは言うまでもないでしょう。

なぜそうなるのか?

一つはサンクコストです。賭けをやめることで、それまでに失った金額を失うことが確定します。そこまでにつぎこんだ物を失うことを怖れて、さらに賭けてしまう心理です。

一つは賭けに酔うことです。正常な判断力を失わせる魔性がギャンブルにはあります。賭けてない状態なら誰が考えても簡単と思えるような判断が、一度ギャンブルに飛び込んでしまうと、正常な判断が出来なくなります。

さあ行きつく先はどうなるでしょうか?

彼は出会った者の財産・未来・良心を喰いちらかす
この世で最も性悪な魔物……
ギャンブル……!

(引用:「銀と金」第38話)

この言葉を胸に刻んで下さい。

あなたの財産・未来・良心。それはギャンブルに捧げていいものですか?

ちなみに僕は「今日は2万円までの勝負にしよう」と決めた日のパチスロで、気がつけば7万円を失ってしまったことがあります。

金言2:ただその跳ぼうとする行為 それがギャンブル…!

ええ……

気がつくと深い谷の前に立っている自分がいて
越えようとしているんだけど
でも周りは漆黒の闇で
まるで見えない
かんじんのどれだけ跳べばその谷を越えられるかがわからない

しかし越えたい
越えなきゃいけないと感じている

この時の
次の一歩がギャンブル

そのイメージの中では感じている……
この谷を跳べるかどうかは……
もう俺の力の及ぶところじゃないと……

それは谷が決めること

俺にできることは
ただ地を蹴り身を宙に投げること
跳べるか跳べないかさえもう問題じゃない……

ただその跳ぼうとする行為 それがギャンブル…!
(引用:銀と金 第43話 森田のギャンブル哲学)

金言としては長いかもしれませんが、ギャンブルを考えるうえで大事な言葉です。

主人公の森田鉄雄が、師匠である平井銀二の「ギャンブルってどういうもんだ…?」「おまえその正体が少しは見えたかい…?」という問いかけに答えた言葉です。

この答えに対して平井銀二は「しかし今の話 そんなにはずしてねえ……」「ギャンブルの快感 その正体……」と言います。

銀二が言うように、この金言が表すものはギャンブルの快感の正体です

ギャンブルには快感が伴います。
だからこそ人はギャンブルに挑み、楽しみ、そして狂います。

この金言で注目したい点はここ。

谷を越えられるかどうか分からない
ただ跳ぼうとする行為がギャンブル

つまり「勝算が高い方に賭けるから快感」ではなく、「勝算が低い方に賭けて勝つから快感」でもなく、

「結果がどうなるかが分からないところに挑む」ことそのものがギャンブルの快感だということです。

銀と金:跳ぼうとする行為それがギャンブル(引用:「銀と金」第43話)

僕はギャンブルの快感は勝つことだと思っていました。
負けのリスクを背負って勝つ。
そのことが人をギャンブルに駆り立てる快感だと思っていました。

だから最初にこの金言を読んだ時は正直あまり響きませんでした。

しかし、この金言は正しい可能性が高いです。

なぜなら「スキナーの箱」と呼ばれる有名な鳩の実験があります。

それはこのような実験です。

・スイッチを押すと必ず餌が出る箱(A)と、スイッチを押すとときどき餌が出る箱(B)を用意する。
・鳩を入れて一定期間学習させた後、A・Bともに一切餌が出ないようにする
・Aの箱の鳩は2~3回スイッチを押して餌が出てこなくなると諦める
・Bの箱の鳩は1日中スイッチを押し続けた。

この実験により、「餌が出たり出なかったりする」ということが行動の動機になることが示唆されています

これはまさに「結果がどうなるかが分からないところに挑む」ことがギャンブルの正体だという、金言そのものの内容です。

僕がハマっていたパチスロに例えましょう。

パチスロでは、コインを投入し、スロットレバーを引きます。このスロットレバーを引いた瞬間に機械が抽選を行い、大当たりするかどうかの判定をします。

大当たりを引くと、通常では揃える事ができない「777」のような当たり目を揃えることが出来るようになります。また同時に、リールの出目や液晶の演出などで「当たったよ」ということをプレーヤーに知らせます。

パチスロを打っていて興奮する時は何と言ってもこの「大当たり」を揃える瞬間で、短い周期で連続して引く(いわゆる連チャン)ともう万能感というか無敵間で頭の中が凄いことになります。

これこそがギャンブルの快感の正体……と僕は思っていたのですが、そうではなく、実はレバーを叩く行為そのものがギャンブルの快感の正体だということなんです。

銀と金:次の一歩がギャンブル(引用:「銀と金」第43話)

この話を知ったのはパチスロから足を洗い随分経ってからの事でしたので疑心暗鬼でした。そこで確かめるために今一度パチスロに挑んだところ、体験的には「その通りかもしれない」と感じました。

勝っているにしろ、負けているにしろ、レバーを叩くことに僕は喜びを感じていました。

いや。むしろ負けている時にこそ「このレバーで大当たりを引くかもしれない……!」「今度こそ引くかもしれないぜ……?」という何ともどす黒い快感が頭の中を支配していたように思いました

ちなみにこの時も「試しだから3千円だけ…」と思っていたのですが、気がつけば財布の中の1万5千円を全て突っ込んでしまいました。

恐るべしギャンブルの快感。

跳ぼうとするその行為。
賭けようとするその行為。

それこそが快感を生む原動力であることを知れば、自分自身の意思でそこを避けることが出来るはずです

知識として知っておくだけでなく、戒めとして脳に刻んでおきたい金言だと言えるでしょう。

金言3:まるで身を切られるよう………!

よせっ……!
金を減らすのはやめろっ!
汚ねえぞっ!

この金が減ると……
まるで身を切られるよう………!
(引用:銀と金 第4話五千万の代償)

金言であり教訓です。

「まるで身が切られるような痛さ」を味わってしまうのがギャンブルです。

この金言は平井銀二が森田に最初の取り引きを持ちかけた場面で登場します。

森田と二人きりになった銀二は、5千万円の現金を畳の上にドンと積んで話しかけます。

「5千万だ……!
泥をかぶらなきゃ―――お前には生涯 つかめない金………
(中略)
なぁ 森田くん……
人をひとり……殺してもらいたい―――」

答えを返せない森田に、銀二は話を続けます。

さらには、
「これは事故なんだ!」
「お前はいっさい手を下さなくていい。少し長い食事にでも出てりゃそれでいいんだ 簡単だろ……?」
「ただ…… それだけで5千万……!」
と揺さぶりをかけてきます。

それでも決めきれない森田に対して、銀二は積んだ札束から500万を減らします。

でも動かない、動けない森田。

銀二は「遅く決める者は ただそれだけで道を誤る者だ……」というこれまた金言をさらりと投げかけながら、もう一度500万を減らしました。

そしてさらに減らそうとしたその時。

森田が、なかば反射的にガバッと札束に覆いかぶさりながら言った言葉がこれなんです。

銀と金:金を守る森田(引用:「銀と金」第4話)

よせっ……!
金を減らすのはやめろっ!
汚ねえぞっ!

この金が減ると……
まるで身を切られるよう………!

(引用:「銀と金」第4話)

これも本当によく分かる話です。

まず、森田は実際に金を貰った訳ではありません。「この金でお願いを聞いてほしい」と言われただけです。

普通の感覚では「自分のものじゃない金が減ったって何とも思わないのでは?」って考えるかもしれません。

確かにそうかもしれません。

でもこの場合「自分のものになるかもしれない」という目で金を見ています。

自分の金だというイメージを呼び起こされてしまっている。たったそれだけの事で、架空の金が実際に自分の金になったかのように錯覚してしまうんですね。

そして冷静な判断ができなくなる……。

僕も実際のギャンブルで似たような経験をしたことがあります。

例えば競馬で「2-5で35倍、十分に可能性がある目だ。仮に1,000円賭けたら35,000円、1万円だったら35万円が自分のものになるのか…マジか…すごいな…」という想像をしたとしましょう。

すると、その想像をリアルにすればするほど、そこから賭け金額を減らすのが難しくなります。

なぜかというと、想像の35万円が自分のものになったかのように錯覚しているからです。自分の金だから減らしたくない。だから35万円を手に入れることができる1万円を賭けよう、予定より賭け金額が大きくなるけどしょうがないよね…。

こうして賭け金額がどんどん大きくなっていったり、高額な配当を目当てに無謀な賭けをしたり、というような行動を取るようになっていました。

ギャンブルをしているとき、想像上の金と実際の金との区別はつきません。

多額の金を手にした想像をしては興奮し、その興奮と想像上の金を失いたくないために無謀な賭けをしてしまう…というのがギャンブルの心理の一つなんですね。

そして怖いことに、賭けを繰り返すほど、負けが大きくなるほど、この想像上の金をイメージする能力は強くなります。

パチンコ店で誰かが積んだドル箱を見ると「よし、自分も…」と架空の金を想像して歓び、取り憑かれたようになけなしの本当の金をつぎ込みます。

競馬で予想をする時に「これがもし当たったら◯◯万円…」と考えると、もう馬券を買わずにはいられません。

買わないことは、金を減らされることだから。
まるで身を切られるようだから。

買わずにはいられないのです。

架空の金が減ることで身を切られるような苦しみを味わう、それもギャンブルの魔力の一つです。

「身を切られるよう……!」

この金言を胸に刻み、そんな感情に嵌りそうになった時は、切られているのは空想上の金か、それとも自分自身なのかを冷静に考えてみるのをオススメします。

金言4:バカが…… もう止まるかよ……!

バカが…… もう止まるかよ……!

一度増やし始めたら止められなくなるのが
この「金の橋」……

それが金の魔力……!
(引用:銀と金 第30話金の橋を渡れ!!)

これも身に沁みる金言。

絵画目利き勝負編で登場します。

薄暗闇で贋作と本物を見分けようとする画商に森田が売ったのは「距離」で、なんと持参した現金を立てて並べて橋にして、その上を歩けば絵に近付けるという条件を出しました。

その値段、1cmが100万。
1mが1億というとんでもない取引です。

こんな異次元のギャンブル勝負を描く福本先生は本当に凄いとしか言えないのですが、思慮の末に距離を買うことに決めて札束でできた橋の上を渡り始めた画商に森田が向けたセリフがこの金言でした。

バカが…… もう止まるかよ……!

一度増やし始めたら止められなくなるのが
この「金の橋」……

それが金の魔力……!

銀と金:それが金の魔力(引用:「銀と金」第30話)

最初は5000万、次に1億というように画商はどんどん手持ちの現金をつぎ込んでいきます。

そして、気がつけばすべての手持ちの資金をつぎ込んでしまいました。

なぜなら画商の中に次の心理が働いていたからです。

・見極めを外せばつぎ込んだ資金が無駄になる
・もう少し近付けば正確に見極めができるかも

(引用:「銀と金」第30話)

僕はこのシーンを読んでいて、まるで自ら深い沼に沈んでいこうとする画商の姿に自分の経験を思い起こされずにはいられませんでした。

僕自身のギャンブル経験の記憶にある言葉はこれでした。

・ここで止めれば今まで賭けた金が無駄になる
・もう少し賭ければ大当たりして勝てるかも

そして有り金全てを賭けてしまい、さらにはATMに走って降ろしてきた金を全て賭けて失ってしまう。

こんな経験を何度も繰り返しました。

最初に「今日は◯◯円だけ…」と一応は限度を決めるものの、

・ここで止めれば今まで賭けた金が無駄になる
・もう少し賭ければ大当たりして勝てるかも

という考えが頭に浮かび始めると簡単にその決まりを破ってしまい、その時に賭けられる全部を賭けてしまう。

これはサンクコスト効果といわれる人間の一般的な心理傾向で、ある時点での選択や決断に対して、その時までにかけた費用などを惜しんで意思決定をしてしまいがちな傾向を言います。

僕の体験的には、ギャンブルではこの効果が顕著に現れると感じます。

負けることが怖い。
失うことが怖い。
だからもっと賭けてしまい、さらにたくさんのものを失うんですね。

このことに気付くのは、いつも多くのものを失ってからです。

ギャンブルを安全に楽しむには、限度を必ず守るのが鉄則です。例えば借金でギャンブルをすることは、既にもう限度を超えているので既に間違いでしかないのですが、これを守れていない人も多いのではないでしょうか。

とても危険な行為です。

自分が決めた限度を破ろうとしたその時。

「バカが…… もう止まるかよ……!」

と誰かが汗ばんだ笑みを浮かべていることを思い出してください。

銀と金:もう止まるかよ

余談ですが借金でのギャンブルは「負けられない」という重いが強くなり、サンクコスト効果がより高まってますます冷静な勝負ができなくなりがちです。

絶対にお勧めしません。
というか、本気で……やめてください。

金言5:目をさましな

目をさましな
おまえは今
ギャンブルに酔っている

酔っぱらったボクサーが
試合に勝てるわけがねえ
(引用:銀と金 第51話己れは最大の味方!?敵!?)

西京麻雀編で、立て続けに負けて追い込まれた森田鉄雄へ平井銀二が送った言葉です。

森田は自分の想像を超えた戦術をぶつけてくる敵や、飛ぶように賭け金を失っていく状況に、完全に自分自身を見失っていました。

なんだこの現実感のなさは…
まるで悪い夢のよう……

ふわふわ…… ふわふわ……
心の芯が定まらない感じ……

銀と金:悪い夢のよう(引用:「銀と金」第54話)

そんな森田の目を覚まさせるために銀二が掛けた言葉なんですね。

この言葉にも僕はすごく共感しました。
というか、むしろ自分に向けて言われているかのようで、グサグサっと胸に刺さりました。

というのも、何度もそんな感覚を味わったことがあったからです。

僕の体験として、ギャンブルをしている時、特に自分の想定を超えた負けに踏み込んでしまっている時には、本当に現実感が消えて夢の中にいるような状態になりました

頭の中で、

「もうこんなに負けてしまった」
「このまま負けたらどうしよう」
「俺はなんて運がないんだ」
「俺だけこんなに負けるなんて不公平だ」
「いやここから逆転するはずだ」
「あともう少しで当たるはずだ」
「この金で別のことをやればよかった」

というような思考ばかりが渦を巻き始めます。
次第に意識はその渦の中へ溶けて行き、心臓が不気味な鼓動を刻み始めると、目の前の景色が揺れて現実感が消えていきました。

(引用:「銀と金」第54話)

こんな時には、僕は財布の中の千円札を、ただひたすら台へつぎ込むだけの存在になっていたと思います。

冷静な判断力など微塵もない。
まさに「ギャンブルに酔っている」状態だと言えるでしょう。

そしておそらく、ギャンブルに嵌ったことがある人の多くが経験したことがある状態です。こうなるとまず勝てません。

最初は「勝つこと」が目的でギャンブルを始めたはずなのに、気がつけばギャンブルという行為そのものに酔ってしまい、勝つための手段や判断力を見失って負けてしまうんですね。

なぜこのような状態になってしまうのか。

僕の体験と知識から整理して、ギャンブルの感動に脳が酔ってしまうことが原因ではないかと考えます。

ギャンブルに酔っていた時、僕の思考を占めていたのは次のことでした。

・賭け続けることによるギャンブルの快感
・失うことへの恐怖
・勝利の想像→期待外れの繰り返し

快感や恐怖、期待と落胆、繰り返すストレスなど、脳に過度の刺激を与える要素に溢れています。

脳は興奮し、通常の量を超えて様々な神経伝達物質が繰り返し分泌されるでしょう。

そうなると次第に脳は疲弊し、特に繊細な思考・判断力を司る能力は失われ、まさに「酔った」ような状態になっていく。

そして酔ったボクサーのように、ただ相手のパンチを一方的に浴びて負ける…。

つくづく恐ろしい…。

これは人間の生理的な機構に基づく反応であり、心構えや、精神論でどうにかなる問題ではないでしょう。

例えば、酒を飲んで酔わないことができるでしょうか?
普段なら酔い潰れてしまう量の酒を飲んで、「今日は酔わないぜ」と自分の心構えだけで酔い方を変えることができるでしょうか?

出来ないですよね。

酒を飲めば酔う。
ギャンブルをすれば酔う。

当然のことと受け止めて、それを踏まえた対策を行わなければ駄目なんです。

それでもギャンブルで勝ちたいと考えるなら、徹底的な理論武装を行い、観察眼を鍛え、平常心で行動・判断できる訓練を想像を超えて積み重ねるなど、圧倒的なギャンブル力を備えるしかないでしょう。

それこそ世界ランカーのプロボクサーのように。

そう考えると「ギャンブルで勝つ」ということがどれだけ難しいかが分かると思います。
やはりギャンブルをそもそもやらないか、又は娯楽と割り切って遊ぶのがいいでしょう。

でもギャンブルの魔力は強力です。
気がつけば酔わされ、引きずり込まれ、全てを失ってしまうかもしれませんよ・・・?

目をさましな
おまえは今
ギャンブルに酔っている

酔っぱらったボクサーが
試合に勝てるわけがねえ

(引用:「銀と金」第54話)

この金言を胸に刻み、もしもあなたがギャンブルに酔おうとしているのなら……。

すぐにその場を離れましょう。

おわりに

いかがだったでしょうか。

この記事は、3000文字チャレンジ参加記事として書いた【「銀と金」ギャンブル依存症手前だった僕がしびれた5つの金言(その1)】に加筆と文字・画像装飾を加え、完全版にしたものです。

思いもよらず長い文章になってしまい、恐縮です。力不足です。

でもこの記事から、「銀と金」のギャンブルに関するしびれる金言、その魅力が少しでも伝われば嬉しいです。ついでにギャンブルの恐ろしさをちょっとでいいので感じてもらえれば、もう最高です

この記事に興味を持っていただいたなら、ぜひ「銀と金」の本編も読んでいただき、ギャンブルと人間へのより深い考察を骨の髄まで感じてみることをお勧めします。

ギャンブルの怖さを覗いてみたい方は、大王製紙元会長・井川意高さんの「溶ける」 (幻冬舎文庫) もオススメです。

カジノでの使用目的で子会社から総額106億8000万円もの資金を借り入れて溶かしたという凄まじい経験を紹介した本で、ギャンブルに飲み込まれていく心理を追体験することができます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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