【体験談】非モテの原点は中学時代にあり?を振り返ってみた

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こんにちは、非モテで彼女いない歴28年の歴史を持つ男、霧島もとみです。

今日は僕の非モテ時代…あ、いや、今も非モテであることには変わりないのですが、その非モテの原点がどこにあったのか?を改めて考えてみたくなりました。

人は誰しも生まれながらの非モテではありません。

記憶をずーーっと遡っていくと、その証拠に僕は幼稚園の時には自分が非モテだとは思っていませんでした(当たり前ですね…)。

小学校低学年の頃も考えたことはありませんでしたね。

そういえば小学4年生の時には先生の助けを借りて同級生を呼び出して告白・玉砕するというチャレンジャーな子供だったことを思い出しました。

さて、そうして記憶を遡っていくうちにどうやら風向きが変わったのはあの頃かな…という時期に思い当たりました。

それは中学生の頃。

いわゆる思春期ってやつですね。

この頃に芽生え始めた「僕の非モテの原点」とも言える変化のことを紹介させていただきます。

人はなぜ非モテになるのか。

その一つのモデルとして、生暖かい目で見ていただければ幸いです。トホホ。

中学生の頃はこんな奴だった

まず中学生の頃の僕がどんな奴だったのか、簡単に紹介させていただきます。

  • 容姿:細身、ハンサムではない。
  • 運動:得意ではないが平均的。瞬発力はないが持久走は得意。バレーボール部に所属し補欠。
  • 勉強:学校内では優秀
  • 趣味:ゲーム、読書(漫画・小説)

平凡で真面目な優等生タイプ、という感じでした。

学校内では友達と楽しく過ごし、保健の授業の性教育ビデオに笑いを止められない下ネタ好きな子供でした。

自分が28歳になるまで年齢=彼女いない歴を刻むことになるなんて、この頃は頭の片隅にも感じたことはありませんでした。

しかしよく思い出してみると、この頃に非モテの原点とも言えるような2つの変化が起きていました。

それは何だったのでしょうか…。

非モテの原点1:好きになられたい願望の出現

まず1つ目の原点かなと思えるのが、

好きになられたい願望

の出現でした。
異性に告白されたい願望、とも言えるかもしれません。

 

異性に好意を持つことは小学校、いや幼稚園の頃からすでにありましたが、それは「好きになる→伝える→気持ちを知りたい」という流れで進んでいました。

自分の気持ちを伝えたい、その思いが常に先行していたと思います。

ところがこれが中学生になった頃からか、いつしか「自分が誰かに好かれたい」「相手から告白されたい」という感情に移り変わっていました。

だからか、中学生以降は誰かを好きになっても、自分の気持ちを伝えようとはしませんでした。

じゃあどうしていたのか?というと。

 

念じてました。

 

こんな風に…

君のことを好きな男がここにいるよ!
仲いいし、ひょっとして好きになってたりしない?
何なら告白してくれ!

い、痛い。でも本当だったのでしょうがないです。

なぜそうなったのかは分かりませんが、当時好きだった漫画の影響かもしれません。例えばこんな漫画です。

・うる星やつら
・タッチ
・コータローまかりとおる

懐かしい漫画ばかりで恐縮ですが、これらに共通しているのは「主人公のことをずっと好きなヒロインがいる」という構図でした。

物語の最初から最後まで、二人の関係はおおむね相思相愛です(微妙に違いはありますが…)。

そんな恵まれた?主人公に自分の姿をいつしか投影するようになって、

僕もこんな風に誰かに好かれてみたい…

という願望に取り憑かれたのかもしれません。

元々、フィクションの世界に没頭しやすい性格だったというのも災いしたのでしょう。

天気の悪い日に「風の精霊よ…」とか本気と書いてマジで唱えてた中二病まっさかりな僕でしたから。

非モテの原点2:姉の影響が自分に与えたもの

僕には3歳年上の姉がいました。姉・弟の2人兄弟です。

この姉が僕に女性恐怖症を植えつけたことは別の記事に書きましたが、まさに姉が荒れ始めたのがこの頃でした。

正確には姉が高校受験を控えていた頃、僕が小学校6年生の時くらいですね。

元々姉には衝動的なところがあり、かっとなると手が出るタイプの人間で、ビンタや蹴りなどの暴力、暴言、まあ子ども同士の兄弟喧嘩ならよくある光景かもしれませんが、3歳年下の僕にとってはまあまあな脅威でした。

アイススケートの靴の刃(!)で腹をガン蹴りされたこともありました。ちょっとマジで殺されるかもと思いました。

そんな姉ですが、主に勉強のことで、いつも母と口論をしていました。

テストの点が悪いだとか、部活ばっかりして勉強を全然しないだとか、その他どうでもいい事でいつも口うるさく言い合いをしていたんですね。

僕はそんな人たちと同じ家で暮らしていて、

あーーーー、うるせーーーー。

と心底辟易していました。

だから自然と二人と距離を取るようになり、家の中では(父は単身赴任で不在)必要なこと以外話をしないような生活に変わっていきました。

自分の安全を確保するために、人との関わりを薄くするという選択をしたんですね。

結果、家の中では僕の周りには無風ともいえる(成績は良かったので苦情は一切なし)状態で過ごすことができるようになったのですが…

この選択が、もう一つの非モテの原点でした。

人との関わりを避けるようになった僕は、人と関わらなくても楽しめる時間により没頭していくようになったからです。

ゲーム、漫画、小説…

それ自体は楽しいことなので良くも悪くもないとは思いますが、非モテというものを考えると、「人と関わらなくても楽しめるもの」のみへの没頭は確実に悪影響を与えます。

それはコミュニケーション力の低下です。

僕は安全を確保したつもりだったのですが、実はそれは安全ではなく、未来に向けた緩やかな下降線に乗っていたことにこの時は気付いていませんでした。

振り返って考えてみると…

僕の非モテの原点ともいえる2つのことを紹介させていただきました。

非モテの原点2つ
・好きになられたい願望
・人との関係性を薄くする選択

好きになられたい願望によって呪術的なまでの受け身な恋愛性格になり、人との関係性を薄くすることでコミュニケーション力を次第に失っていく…

その時、僕の非モテの扉が開かれた!

そんな変化だったと言える気がします。

過ぎ去った時間を戻すことはできませんが、当時の僕には何か言えることがあるとしたら何なのだろう?と考えずにはいられません。

何を言うべきだろうか。

 

とりあえず言えるのは、

念じるとか、あんたバカァ?

とかでしょうか。

 

あとは人との関係性の薄い「安全性」は、本当の意味での安全じゃないよって事ですかね。

一時的な退避は必要なことだったと今でも思いますが、その楽なボジションに留まることは緩やかなコミュ力の下降線なんだよ…。

ということで、そんな僕の非モテの原点な話でした。

同じような罠に陥った人もいるんでしょうか?

ちなみに今もまだこの2つの沼からは完全にはい出せていません。

一度でいいから告白されたい!
(いや、今は告白されても困るけども…)

そんな願望いや妄想がどこかで不完全燃焼のまま燃え残っている気がします。まあ、そっと生暖かく見守っています。

 

僕の非モテをまとめた記事はこちらです。

▼彼女いない歴28年の僕が、僕の非モテを語ります。

タイトル画像 彼女いない歴28年の僕が、僕の非モテを語ります。

こちらもどうぞ。

タイトル画像 彼女いない歴28年の僕が非モテを語ろう【 第2章 こうして僕は非モテになった】

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