第3章 非モテ・絶望との戦い(1)社会人になった僕の非モテ

前回の「第2章 こうして僕は非モテになった」に続き、第3章では僕が社会人になってからの非モテを振り返ります。

タイトル画像 彼女いない歴28年の僕が非モテを語ろう【 第2章 こうして僕は非モテになった】

大学までの時代と大きく変わったのは、閉鎖的だった大学の環境とは違い、「モテ」の世界の人たちが周りに普通に存在することでした。社会の荒波という言葉がありますが、僕にとっては、モテの荒波という厳しい洗礼を受けることになりました。

僕の非モテとしての疎外感はますます強くなる一方で、やがて死を考えるようになりました。そしてその後、僕は「どうせ死ぬなら、とりあえずあがいてから死のう」と決め、非モテとの戦いを始めることになります。

まずは、社会人になった僕の非モテ人生の紹介から始めましょう。

「彼女いない歴28年の僕が非モテを語ろう」のコンセプト

その男は全くモテなかった。ヤラハタを余裕で通り過ぎ、「30歳までに彼女ができなかったら死のう」と思い詰めた苦悩の日々を過ごしていた。

彼女いない歴=年齢の日々をようやく抜け出したのは、28歳の時だった。

そんな男が、結婚して子供を授かり、今は何食わぬ顔をして家庭人を気取っている。そして、非モテのコンプレックスを抱えたまま生きている。

 

この物語は、そんな男の非モテな半生を振り返る物語だ

男が非モテに陥った理由や、そこで足掻いていた姿を見て笑ってほしい。

もしもあなたが同じように非モテにコンプレックスを持ち、苦しんでいるとしたら、男の無様に足掻いた姿が少しでも救いになれば幸いだ。

 

世界中の非モテ(自分含む)に幸あれ!

第3章 非モテ・絶望との戦い

この章では、社会人になった僕が自分の「非モテ」に絶望を感じるまでの話と、そこから始まった脱非モテへの戦いを追っていきたい。

非モテになぜ絶望を感じたのか。

僕はどうやって戦ったのか。

本当に辛く、厳しく、しかし楽しくもあった日々のことを書いていこう。

(1)社会人になった僕の非モテ

社会人の楽しさは、一瞬非モテを忘れさせた

大学を卒業した僕は、そのまま就職して社会人になった。
いわゆるサラリーマンだ。

配属された職場は見事な男ばかりの部署だった。
女性は片手で数えられるほどしかいなくて、しかもそのうち半分が50歳以上だったから、普段の環境で女性を意識することはほぼ皆無だった。

自然と仕事場の付き合いは男クサいものとなり、
飲み会やゴルフ
スノボー
パチスロや麻雀などの遊びを次々と叩き込まれた。

就職先の仕事や、新しく覚えた遊びはどれも新鮮で刺激的だった。
僕は夢中になって働き、遊んだ。
年上の先輩たちと一緒に過ごす時間は、たいへん気を遣いもしたが、それはそれで楽しいものだった。

遊びながら色々なことを先輩たちから教わった。良いものも悪いものもあったけれど、何だかんだで、しっかり僕の一部として今も残っていると思う。

さて、社会人になってしばらくの間、僕は自分が「非モテ」であることをすっかり忘れていた。そんな事を考える必要もなかったからだ。

男ばかりの職場は、僕に女性という存在をしばらく意識させなかった。
この点は大学時代と近いものがあったと思う。

だが大きく違った点があった。それは、モテ世界の住人たちがそこら中に息づいていたことだ。

モテ世界の住人たち

社会人になって飲み会が増えた。

職場だけでも結構な飲み会があった。
担当の飲み会、部署の飲み会、同期入社の飲み会、打ち上げの飲み会…。

そんな飲み会の席でだいたい話題に上るのが、彼氏彼女の話だった。独身グループを中心に、彼氏彼女がいるとかいないとか、どんな遊びしてるんだとか、どんな付き合いしてたんだとか、そんな話題が飛び交っていた

僕はただ「彼女はいませんね〜」とお茶を濁すことしかできなかったが、ところが他の連中はそうじゃなかった。

どこどこの誰と付き合っていて、とか、今はフリーだけど大学時代は、とかの話が普通に出てきていた。中には彼女と付き合いながらコンパやナンパで遊ぶ話をする奴もいた。

不倫を匂わす会話もされてたりした。
非モテの僕からすれば異次元の話だ。

そんな異次元の話を、誰もが当たり前のように話していた。
僕は衝撃を受けていた。

みんな、モテ世界の住人じゃないか!!

僕は生まれて初めての状況に面食らった。

今まで生きてきた環境では、彼女がいる奴の方が少数派だった。彼女がいる奴いたけれど、そいつらは目立っていたり、カッコ良かったり、世界一格好良いと酔っていたり、良くも悪くも「尖ったところ」がある奴らだった。

だから目立たず、カッコ良くもなく、自分に酔ってもいない自分がモテないのは普通のことで、その他多数のグループにいるのだと思っていた。

ところが大学を卒業して社会に出てみると、そんな状況はどこにもなかった。特に目立っていない人でも普通に彼氏や彼女がいた。

そしてこの時に初めて気が付いた。
大学時代まで、僕はぬるま湯の中に浸かっていたのだ。

モテ世界の住人たちに囲まれて、僕は自分の非モテを強烈に意識するようになった。

女性と話せない、話すことがない

社会人になって、職場以外の飲み会もあった。いわゆるコンパだ。先輩や、同期入社した奴らから、誰ともなくコンパのお誘いがあった。

コンパという言葉にどんな響きを感じるだろうか。

当時の僕は、コンパという言葉に憧れや好奇心を持ちながらも、それらを遥かに上回る恐怖を感じていた

女性と上手く話せなかったからだ。

それは【 第2章 こうして僕は非モテになった】で紹介したとおり女性恐怖症×受け身という基本姿勢を身に着けてしまっていたことが大きな理由だけれど、見切り発車で臨んだコンパではこんな状態になっていた。

  • 話題がない。
  • 1対1になって、何を話したらいいか分からない。
  • 相手が話すことに対してどんな言葉を返したらいいのか分からない。

不安が緊張を呼び、緊張が空気を居づらいものに変えていく。
会話は盛り上がるはずもなかった。

それでも最初は「慣れてないからしょうがない。回数をこなしたら自然と話せるようになってくるかもしれない」と楽観的に考えていたが、しかし、何回か経験を踏んでも変化は見られなかった。

怖い。情けない。
他の男は楽しく過ごしているのに、なぜ自分だけは上手く話せないんだ・・・

やっぱり、僕は、非モテだ。

非モテという事実をまたしても突きつけられた僕は、ますます女性を遠い存在に感じるようになった。

変わらない自分への絶望が深まった

女性との出会いが少ないなか、絶好の機会のはずであるコンパへは恐怖心を抱くことになり、非モテな自分自身への焦りが強くなっていった。

誰かが付き合い始めたという話を耳にするたび、「どうして自分は誰とも付き合ってないんだ」という悲しみの感情が自分自身の胸をえぐり、寒いすきま風が吹き抜けるような感覚を覚えた。

仕事ではそれなりの成長を感じていた。
説明力や提案力は向上し、仕事上のコミュニケーション能力は上がっていたと思う。

だが仕事を抜きにした女性とのコミュニケーション能力は一切変わらなかった。

相変わらず何を話していいかが分からず、自分から話したいことも特になく、時間だけが淡々と過ぎていくのに何も変わらない非モテな自分に苛立ちばかりが積もっていった。

自分は駄目なやつだ。

自分は所詮非モテな人間なんだ。

だって何も変わらない。

僕は次第に変わらない自分自身に対して絶望を感じるようになっていった。

この自分自身への絶望が、次第に自分自身を追い詰める壁となり、精神の中枢を深く傷つける鋭利な刃物へと変わっていくことになる・・・。

第3章 非モテ・絶望との戦い(2)それでも彼女が欲しい。絶望からの挑戦

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