【書評】夏目漱石「こころ」で、個と全体性の矛盾の苦悩を読んだ話。

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こんにちは、霧島もとみです。

先日書評記事を書いた「読みたいものを、書けばいい。」(田中泰延)の中にこんな一文がありました。

それ、夏目漱石が、百何十年も前にほとんどやっている。

若いライターや小説家は、百何十年前の漱石があんなに書いているのだから、その先を書かないと、いまさら書く意味がない。

これは恋愛に関する随筆に関しての筆者の意見ですが、僕はこのとき「巨人の肩に乗る」という主張に共感しつつ

そういえば「こころ」って読んでないなあ

ということを思い出しました。

ちなみに「読みたいものを、書けばいい。」の書評はこちらです。手前味噌ですが、2リットルの下剤を飲みながら書くという奇行に走った緊迫感溢れる文章に仕上がりましたので、心に笑える余裕があればぜひご一読ください。

タイトル画像 「読みたいことを、書けばいい。」の感想を2リットルの下剤を飲みながら書いてみた。

話を戻しまして、じゃあとりあえず読まなきゃだよねということで読んでみたら、よく言われる三角関係・恋愛ものというよりもむしろ、個と全体性との間の苦悩の作品だという印象を持ちました。

これは面白いな…と感じましたので、日本文学に名高く存在する「こころ」の読書体験をまとめました。

「こころ」の相関図とあらすじ

夏目漱石の「こころ」の主人公は、私ではなく先生という人物です。

上:先生と私
中:両親と私
下:先生と遺書

という3部構成で語られるこの物語の本編は「下:先生と遺書」で、上と中はその前フリというなかなか凄い組み立てになっています。

その遺書の中で語られる「先生」とその友人である「K」、その下宿先の娘である「お嬢さん」が物語の主要な登場人物です。

その関係を図にまとめました。

夏目漱石「こころ」相関図

まず先生は、人間に対して憎しみを持っています
それはかつて善人だと思っていた、親戚である叔父に父の遺産を相当取られるという裏切りにあったことが原因です。

でも不思議なのは、遺産を相当取られたと言いながらも遺産の利息だけで自由気ままに生活を出来ているという状況です。

 

…ツッコんで大丈夫なところですよね?

 

さらに言えば「叔父に騙された」と言いながら、その後残りの遺産を金にかえるなどの段取りは田舎の友達にまかせたりしてるんですよね。いやいや、全然人間を信じてるじゃん。

ていうかその友達に感謝感激してもっと人間に感謝しろよ…って遺産がない私などはヒガミを感じたりもしましたけど、本編とは関係ないので無視しておきます。

ところがそんな先生は友人「K」に対して妙なリスペクトを持っていて、自分自身が学生の身でありながら、行き場を失っていた「K」を援助しようとして自分の下宿に引っ張りこんできます。

 

これがそもそも余計なことなんですけど…

 

さてこの「K」がどんな人物かというと、変わった人物です。

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」という精進の信条を過剰に持っています。それだけならいいのですがら、養父母から医者になるためと学費の支援を受けながらそれを精進の目的に使っています。

Kはこれが原因で後に養父母や父から勘当されますが、当たり前ですね。自業自得です。

さて先生はそんなKを援助することで「自分は叔父と違って善人だなあ」と悦に入っていたのですが、トコロガドッコイ、Kが「突然自分はお嬢さんが好きだ」と言ってきたのです。

先生は焦りました。
だって自分もお嬢さんに好意を寄せていたから。
ていうか、考えたら何か二人が仲良さそうにしてるところも色々目撃してるし、なんかお嬢さんの様子もまんざらではない様子に見えたし…

えっ?
俺が援助して連れてきてあげたのに、まさかその俺の想い人をお前が横取りするの?

とイラッときたんですね。

そして先生が何をしたか。
先生はKのことをリスペクトしていましたから、よくKの思考を理解していたんですね。

「精神的に向上心のなきものは馬鹿だ」

と一言。彼の信条である精進に背く行為であると批判し、強烈な牽制を加えました

そして裏では下宿先のお嬢さんの母に「お嬢さんと結婚させてください」と話し、まんまとお嬢さんとの縁談を成立させるという早業を見せます。

凄いですね。

そうしたところ、やがてKが自殺してしまいます。

それを受けて先生は、かつて自分が憎んだ伯父と同じ性質を持っている人間であることを痛感し、自分自身を憎むようになります。

そして手紙が「遺書」とあるように、先生自身も自殺をする…というのが「こころ」のあらすじです。

結局全部が先生に振り回されちゃったね

というとても残念な話なのですが、僕はKと先生がなぜ自殺したのかという背景を考えることで物語の意味を読もうと思いました。

Kと先生の自殺の理由

Kの自殺

Kは先生が自分を差し置いて「お嬢さん」と結婚を決めたことに腹を立てたでしょう。相当に心を揺らしたはずです。具体的な描写が少なく想像にしか過ぎませんが。

少女マンガなら

「てめえ、俺の気持ちを知っておきながら…なんの断りもなしに先走りやがってっ…。裏切りじゃねえかよ!!」

と言いながら熱いパンチでもくれそうなものですが、Kはそんなことはしませんでした。

裏切りのショックが自殺の理由、とは考えにくいと思っています。

なぜならKが先生に恋心を告白した時点で「覚悟」という言葉を口にしていたからです。

Kの信条は精進すること
恋心とは、それに反するエゴイズムとして描かれています。

精進は彼にとって非常に大事な行動理念で、そのためには恩ある養父も裏切ったのですが、お嬢への恋心の前にはそれを一度捨てようとしてしまった。徹底できなかったんですね。

先生に裏切られたショックもあったのでしょうが(人間だもの)、それ以上に大きかったのが精進を裏切ろうとした自分自身を思い知らされた事実だったのでしょう。

好意を寄せていたお嬢さんを取られたくらいで俺はこんなに心が揺れてしまう。
生きたままではこのエゴイズムに勝てないのではないか?

そして最終的には自身のエゴイズムを良しとせず、

自分自身が寄って立つ精進という幻想に殉死することで、自分を精進と一体化させようとしたのではないか

僕はこのように受け取りました。

先生の自殺

理由の一つは、Kとのやりとりの中で「憎んだ叔父と自分が同じ性質を持つ人間」だということを痛感して自分自身を憎んだことでしょう。

でもそれだけが原因ならKの後を追うように死んでもよさそうなものですが、その後も普通にダラダラと過ごしていました。

自分自身のエゴイズムへの憎悪は、自殺の理由にならなかったんですね。死ぬ理由を見つけられず、かと言って生きがいもなくただダラダラと生きる…。そんな駄目駄目人間な先生がなぜ最終的に自殺したのか?

謎のヒントになるのが、手紙の中で触れられる「明治天皇崩御」「乃木希典大将の殉死」です。

明治天皇の崩御を知ったときに先生は

その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終わったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後に生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました。

と述べています。
これです。これなんです。僕はピーンと来ました。

明治という時代が終わったことを知ったとき、

そういえば俺って明治じゃん??

的なことを閃いたのでしょう。

個のエゴイズムを追求することを良しとせず、しかし明確な行動規範も持てないままダラダラと過ごしてきた男が、明治という時代が終わったという共同幻想の中に自分自身を一体化させるという逃げ道を見つけたんです

その幻想を完成させる手段として選んだのが時代への殉死。つまり自殺だったのではないのか?

それが僕が考える先生の自殺の理由です。

二人の自殺からの考察

僕の「こころ」の読み方として、Kと先生の自殺には共通点があると考えます。それは、幻想への殉死であるという点です。

K…精進という幻想への殉死
先生…明治という幻想への殉死

また、その背景として「個人のエゴイズムは良しとしない」という幻想があった点も共通しています。

精進と明治という異なる点(あるいは似ているのかもしれませんが)への幻想に殉死しようという行動の背景には、彼らにとってのその幻想が「全体性を感じる存在」であったことが考えられます。

エゴイズムを追求できなかった彼らが人間として存在を実感するためには、何らかの幻想に自分を一体化させて全体性を実感する必要があったのではないでしょうか。

そして全体性との一体感に究極の幸福を信じたため、最終的に殉死という手段を取ったのではないでしょうか。

言い方を変えると、

個のみを追求する衝動と、
全体性を良しとする本能。

この2つが構造的にはらんだ矛盾に苦悩する心を描いたのが「こころ」だと言えないでしょうか

この構造は今も何ら変わることがないと思います。

今を生きる僕にも、大きなヒントになったなと感じる本でした。

 

ただしかし、どうしても気になることが…

「上 先生と私」の冒頭の鎌倉の海岸で先生と一緒に登場した思わせぶりな西洋人は何だったの?

印象的に描写していながらその後一切登場しないという…

謎です。

 

中田敦彦のYouTube大学「こころ」が面白い!

さて、夏目漱石の「こころ」については、オリエンタルラジオの中田敦彦がYouTubeチャンネルで解説しています。

これが面白い!

中田敦彦の視点で物語を分解して概要をエクストリーム解説し、その多彩な話術で楽しませながら伝えるというこのチャンネル。

この動画でも中田敦彦のプレゼン話術がキレキレです。

一人二役で「思わせぶりな先生」「それに動揺する私」を演じ、笑わせてくれます。

そして面白いだけではなく、しっかりと文学としての解説もしてくれます。あくまで中田敦彦としての解釈ですが、参考になると思いました。

・恋愛あるあるに見せかけた非常高度なテーゼ
・夏目漱石の美しい文章でキラキラと書かれている多角的な作品
・封建的道徳から西洋的個人主義へと変わりゆく時代

時代も道徳も正義も、そして人間の美徳も移り変わるということをたった一冊でつきつける名作ではないでしょうか!
(中田敦彦YouTube大学)

ぜひこちらもチェックしてみてください。


最後までありがとうございました。

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