音楽に感動することは、自分を知ること〜琴線の調べを聴こう〜

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霧島もとみです。

音楽に感動して、涙を流したり元気づけられたり、勇気を貰ったりすることがあります。

歌詞という言葉の羅列や、メロディーに乗せた歌、楽器の演奏。
そんなものにどうして僕たちは感動を覚え、心を揺さぶられるのでしょうか。

それは、音楽の中に、自分の記憶や思考と強く共鳴する要素があったからに他なりません。

言い換えると、自分の中に音楽と共鳴して強く揺さぶられる要因があったからこそ、感動できたんだということになります。

つまり、音楽に感動することは、自分の中にある感動の元を知ることなんですね。
それは自分を知ることでもあります。

音楽に感動した!好きになった!で終わるのではなく、自分自身の理解を深めるきっかけにすることで、人生がもっと充実したものになるでしょう。

そこで今日は、

  • 音楽が感動を呼び起こす3つのしくみ
  • 音楽に感動することが自分を知ることになる理由
  • 音楽はなぜ作られるのか

について紹介します。

音楽が好きな人はもっと音楽が好きになってもらえると思いますので、ぜひ読んでみてください。

音楽が感動を呼び起こす3つのしくみ

感動は与えられるのではなくて、自分の中で生まれている

素晴らしい音楽に心を奪われたとき、人は感動します。

感動の大きさがあまりにも凄いので、

「音楽が感動を与えてくれた。
 この音楽には人を感動させる凄い力がある」

というように音楽を感動の主体だと感じてしまいがちですが、これは違います。

たとえば同じ音楽を聴いても、人によって受け取り方は違います。

さらに言えば、同じ人でも、聴くタイミングによって受け取り方が大きく変わります。

こんなことってありませんか?

  • 「この曲スゲーよ!絶対感動するから聴いてみてよ!」と他人に勧めても、「よくわからなかった」と響かない。
  • その逆
  • 特に感じなかった曲を久しぶりに聴いて、大きな感動を覚える

もし感動が外部から与えられるものだとしたら、誰がいつ聴いたとしても同じような感動を覚えるはずです。

でもこの例だけでも、それが違うことが分かります。

感動するかどうかは人によって違うし、そもそも聞き手がいなければ感動は生まれないんです。

つまり感動とは、音楽それ自体の働きではなく、受け取り手の中で起きている働きなんですね。

だから感動は与えられるものではなく、自分の中で生まれているということになります。

実は感動する準備はもう出来ている

では、どんな時に感動は生まれるのでしょうか。

例えば音楽に感動を覚えた時。

感動はその瞬間に生まれるのですが、何もないゼロの状態から急に生まれるのではありません。

感動する準備がその前からできているから、感動が生まれるんですね。

感動の準備とは、色々な感情や経験です。

  • 楽しかったこと、嬉しかったこと
  • 苦しかったこと、悲しかったこと
  • 成功や挫折
  • 努力や怠惰
  • 本能的な感情

僕たちが生きている間に、自分の中にありとあらゆる経験や感情が蓄積されていきます。

記憶として意識で感じれるものもあれば、無意識の中にしか残っていないものもあります。

脳という広大な記憶領域の中に断片的に存在しているこれらの膨大な蓄積物が、実は感動の材料です。

多くの材料があるほど、また、一つ一つの材料が強ければ強いほど、感動が生まれやすくなります。

心にエネルギーを貯めているようなものですね。

そこに音楽という外部刺激が引き金を引くことで、感動の材料が瞬間的に結びつき、あるいは呼び起こされて、そのエネルギーが一気に開放されて心が大きく振動します。

これが感動するということです。

音楽という刺激だけでは、どんなに素敵な音楽では、人は感動することはできません。

自分の中に感動の材料が準備されているからこそ、人は感動を覚えるんです。

音+言葉+リズムの同時処理が一気に感動を引っ張り出す

次は、音楽がなぜ感動の引き金になるのか?を考えます。

音楽を聴くという行為は簡単なように思えますが、実はそうではありません。

脳科学の研究では、音楽を聴くとかなりの領域範囲が同時に活性化される現象が起きることが分かってきたそうです。

難しい話はここでは省略しますが、少なくとも、

  • 音(高さ、音色、和音など複雑な要素)の連続した理解
  • 言語の理解
  • リズムの分析

という行為を同時に処理しているんですね。

これは、脳の処理能力をかなりの範囲で使用することになり、脳の活動量が増えることになります。

これに比例するように、多くの感情や記憶が刺激を受けて呼び起こされるんですね。

ざっくり言いますと、音+言葉+リズムの同時処理が想像以上に脳に刺激を与えることになって、それに伴ってたくさんの感情や記憶が刺激を受けるから感動しやすい、ということです。

言葉だけでも、あるいは音だけでも相当な刺激を受けるのに、それが同時かつ一体的な刺激となって揺さぶってくるんです。

こう考えると、音楽って凄いですよね…。

これが音楽が感動の引き金になる理由です。

音楽に感動することが自分を知ることになる理由。琴線の調べを聴こう

ということで、感動が起きる3つの仕組みを書きました。

感動とは自分自身の中で起こることであり、その準備は普段蓄積している感情や経験で、音楽がたくさんの刺激でその引き金を引くということです。

そうすると、感動という行為を通して見えてくるものがあることに気付きます。

それは自分自身の心のかたちです。

感動の材料は自分自身が蓄積している感情や経験ですから、感動したことを一つ一つ見ていくていくことで、自分自身が何をどう感じているのかということを間接的に見ていく事ができます。

どんな音楽に感動を覚えるのか。どんな歌詞に心を揺さぶられるのか。

その経験を通じて、僕たちは普段なかなか見ることが出来ない、自分自身の心のかたちを見ることができます。

音楽を聴くことは、自分自身を聴くということでもあるんですね。

音楽を聴くと同時に、自分自身の心の琴線の調べに耳を傾けてみることで、たくさんの事が見えてくると思います。

たくさんの音楽に心を揺らしていきましょう。

音楽はなぜ作られるのか?表現者のモヤモヤを伝えるツール

最後に、音楽はなぜ作られるのかということを書いておきます。

当たり前な話ですが、それは作り手に「音楽を通じて伝えたいこと」があるからです。

まず、その伝えたいこととは何でしょうか?

例えば「恋人と分かれた切ない気持ちを歌にしました」というような紹介文を聞くことがあります。
しかし、音楽に込められているものは、そんなに簡単なものではありません。

その正体は、自分自身でもよく分からないほど複雑に入り組んだモヤモヤした感情や思考の一群です

これを誰かに伝えたいと思った時には、脳同士を接続して情報を共有することはできないため、何らかの記号を媒介しなければなりません。
その役割を果たすのが音楽です。

なぜ音楽が記号になるのかというと、その音楽に、作り手自身が、自分自身の心に抱えるモヤモヤしたものが揺り起こされて「感動」を覚えたからです。

自分がこの音楽に感動を覚えたように、他の人も感動してくれるかもしれない。
そうしたら自分が抱えているこのモヤモヤが、音楽を聞いた人に伝わるだろう。

これが音楽が作られる理由です。

ちなみに、作り手の感動と、聞き手の感動は全く同じではないことには注意しておかないといけません。

同じ音楽を聴いていても、蓄積している感情や経験が違うため、全く同じ感動というものは起こらないからです。

でも、少なくとも感動を覚えたという経験が共通するのなら、近しい心の部分があることは間違いありません。

同じような「モヤモヤ」があるとも言えるでしょう。

自分の好きなアーティストにも同じような心の部分がある、そう考えるとちょっと嬉しくありませんか?

音楽を聴きながら、作り手が伝えたかった「モヤモヤ」に思いを巡らせてみると、もっと音楽を楽しむことが出来ると思います。

まとめ

音楽に感動する仕組みや、感動を通して自分自身を理解することができること、音楽が作られる理由を紹介しました。

まとめ

・音楽が感動を呼び起こす3つのしくみ
→感動は与えられるのではなくて、自分の中で生まれている
→実は感動する準備はもう出来ている
→音+言葉+リズムの同時処理が一気に感動を引っ張り出す
・音楽に感動することで自分自身の心のかたちを間接的に見ることができる
・音楽は作り手のモヤモヤを表現するために作られる

この記事で紹介したことを感じてもらえると、もっと音楽が楽しくなりますし、自分自身をもっと知ることもできるようになると思います。

以上が「音楽に感動することは、自分を知ること」のお話でした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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