ブログをはじめた理由(3)ようやく、その答えと言えるようなものがうっすらと見えてきた

コンプレックスに悩み苦しむ日々が続く中で、ようやくその答えと言えるようなものがうっすらと見えてきた、そう思えるようになってきました。

溺れる者は藁をも掴む

悩み苦しむ日々は多分に辛いものです。

一方、「凄いなあ」「前向きだなあ」と刺激を受ける人は多く存在します。
その人達はどんなことを考えているのだろうか?
強さの源泉は何だろうか?

直接会って話を聞くことが出来ない替わりに、手当たり次第に本を読んで考えに触れようと思いました。

哲学者や文学者、経営者、スポーツ選手、芸能人など著者のジャンルは問わず手当たり次第に読んでいきました。
溺れる者は藁をも掴むという一心でとにかく読みました。
読書の面白さにも気付き、一気にのめり込んでいきました。

あるいは信仰なのだろうか?とも思いました。

世界中で多くの人が信仰を持つ中、私は特定の宗教への信仰を持っていませんでした。
仏教やキリスト教に関連する本も幾つか読んでいきました。
(なるほどなあと唸らせられる考え方や、共感させられるエッセンスはありましたが、特定の宗教にのめり込むことはありませんでした。仏教の客観的な物の見方には影響を受けるところは大だったと思います。)

そうしている内に、蓄えた経験や知識の中の幾つかの場所と、自分が抱えていたコンプレックスや悩みとの間に、ネットワーク的な関連付けがされていくのを感じるようになりました。
その関連付けはどんどん加速していき、悩んでいたものの外殻を形作ることによりその姿を次第に浮かび上がらせてきました。

そのことにより、
「自分が悩んでいたことの正体はこういうものだったのか」
という事に気付く事ができました。

溺れる中で、かろうじて掴んだ一本の藁です。

悩み自体が消えた訳ではありませんが、少なくとも正体が分からない敵に怯えることは無くなったと言うことはできます。

多分これからも生きていける

そして、これからも生きていけるという考えを持つに至りました。
その理由は大きく2つです。

1.コンプレックス・悩みの正体を掴んだこと。
2.現在と未来に希望を見出したこと。

「1.コンプレックス・悩みの正体を掴んだこと。」についてはこの記事で触れました。
※詳細な内容は別記事で書いていこうと思っています。
という事で、次の記事で「2.現在と未来に希望を見出したこと。」について書いていきます。

以上が、”ようやくその答えと言えるようなものがうっすらと見えてきたこと”の話です。
それでは次の記事へ進みます。

ブログをはじめた理由(4)書きたいという熱が生まれてきた

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