人生で大事なことはけっこうゲームが教えてくれた。

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PCエンジンDuo-Rユーザーだった霧島もとみです。

大きく周回遅れになりましたが、3000文字チャレンジ「ゲーム」のお題で書かせていただきます。

ゲームという言葉は本来様々な遊び・競技などを指す言葉ですが、僕にとってのゲームといえばやはりテレビゲームです。

テレビゲームの歴史を変えたあのハード、任天堂ファミリーコンピュータが発売されたのは1983年7月15日のこと。

このとき僕は幼稚園の年長組でした。

つまり、僕の子供時代はファミコンとともにありました。また、僕の成長はテレビゲームの成長とともにあったと言えます。

この記事では懐かしすぎるゲームの思い出を語りつつ、ゲームから学んだ様々なことを振り返ってまとめていきます。

ゲームの思い出

ファミコン編

懐かしさのオンパレードでとても書ききれないです。

・ドルアーガの塔
本体と一緒に買ったはいいものの想像を超える難しさ。悲鳴を上げそうになりながら必死に遊んでました。
裏ワザの威力に大きすぎる衝撃を覚えました。

・アイスクライマー、マリオブラザーズ、バルーンファイト
対戦や協力プレイの楽しさを骨の髄まで味わいました。
友達に裏切られる腹立たしさや友達を逆に嵌める楽しさ、駆け引きの醍醐味が最高でした。

・ゼルダの伝説
ディスクの読み込みで待つことの大切さや、ディスクシステムを買える・買えないで世の中には金持ちがいるんだということを知りました。

・リンクの冒険
ディスクシステムがない僕には高嶺の花。でもどうしてもやりたい!
友達の家に入り浸り、みんなであーでもないこーでもないと話しながらプレイしました。
みなづき由宇さんの攻略漫画(わんぱっくコミック)がお気に入りでした。

・ドラゴンクエスト
王女を助けたまま宿屋に泊まることに子供ながらドキドキしました。
「おたのしみ」の意味は子供ゆえに分かりませんでしたが…。

・ドラゴンクエスト2
どんなに高い塔から飛び降りても死なない主人公たちに恐れを抱きました。
ロンダルキアへの洞窟を抜けたところで復活の呪文を書き間違えてマジで泣きました。

・ドラゴンクエスト3
学校を休んで買いに行った友達の家に入り浸ったなあ…。

この他にも思い出深いゲームは一杯あります。

桃太郎電鉄や鉄道王、マイティボンジャックや迷宮組曲、スターソルジャーにツインビー、グラディウスに沙羅曼蛇、スパルタンXや熱血硬派くにおくん運動会、SDガンダムガシャポン戦士、もちろんスーパーマリオも夢中でやりました。

ハイドライドスペシャルやワルキューレの冒険、武蔵の剣にキャプテン翼、ゴルフやテニス、たけしの挑戦状…。

なけなしの小遣いをつぎ込んで買っていましたし、今みたいにスマホでゲームや動画を見るなんて娯楽もなかったですから、とにかく全力でゲームを遊びつくしていました。

ゲームのことを思い出すと、遊んでいた友達の家や、一緒にバトルしていた友達のことも自然と思い出してきます。それもまた楽しい。

その後ファミコンからスーパーファミコン、メガドライブ、PCエンジンというようにハードは次々に進化を遂げ、そのたびに「ゲームの世界が変わった・・・!!」と衝撃を受けてますますゲームにはまっていきました。

それらの思い出も語りだすと本当に限度がない・・・!ので、とりあえずこのあたりで一旦止めておきます。

パソコン編

パソコンを初めて触ったのは小学校2年生の時です。

これまた友達の家で親のパソコンだったのですが、自分でプログラムを入れて簡単なゲームをするという遊びをやっていました。

本に書かれていたプログラムをそのまま打ち込むわけですが、それを記録する媒体がカセットテープだったんですよね。

カセットテープといえば音楽を記録するものだと思っていた僕はもの凄い衝撃を受けたことを覚えています。

それから数年経つとPC-9801とかPC-8801というNECのパソコンを友達が買い、「三国志」や「信長の野望」というファミコンでは出来なかった本格的なシュミレーションゲームが出来るということで、これまた入り浸りました。

フロッピーディスクの2枚差しというシステム、ディスクを読み込む「シューー、カッカッカッ」という音を凄くカッコ良いと思っていました。

この頃はHDDなんてものは家庭用PCにはありませんでした。

・三国志&三国志2
小説の三国志を読んでいたこともあり、バリバリに感情移入して遊んでいました。
すぐに裏切る呂布に振り回されたり、なぜかわからないけど太史慈がすごく好きになったりなど、三国ロマンを満喫しました。

・信長の野望
これも相当やりこみました。織田信長でプレイするのは勿論のこと、武田や上杉、毛利や今川など色々な戦国大名で遊びまくりました。
伊予の大名・河野氏・・・はあまりに弱かったため高知の長宗我部で全国制覇したのが懐かしいです。
友達の家で常に複数人数でのプレイだったため、自分のターンをいかに早く終わらせるかということにも気を遣いました。

小学生で遊んだPCゲームはこの2シリーズくらいだったと思います。
なんせ自分でハードを持っていなかったし、ハードだけでなくソフト自体も相当高価だったため、友達もこれくらいしか持っていなかったんですね。

中学生になるとシムシティ、大学生で自分のPCを買ってからは憧れの18禁ゲームもやり始めるのですが、それはまたの話・・・。

ゲームから学んだこと

僕は小学校からゲームの遊びを始めたわけですが、遊んで楽しかったことは勿論のこと、ゲームでの遊びを通じて多くのことを学んだなと思います。

ゲームは1日1時間!
勉強の邪魔!

そんな感じで親には邪魔者として見られていたとは思いますが、決してただの娯楽ではなく、色々なことを学べるのもゲームでした。

僕がゲームから学んだことを幾つか紹介します。

相手を待たせないプレーをする

ファミコンを持っている人も多くは無く、また、ソフト自体も貴重なものだったため、持っている友達のところに集まって遊ぶというのが基本でした。

特に盛り上がったのが対戦ゲームでした。

盛り上がりすぎて喧嘩になることもしょっちゅうでした。お互いに嫌なプレーをした場合には、その反応はダイレクトに伝わってきます。

その中で自然と守るべき暗黙のルール、つまりマナーが作りあげられていきました。

相手のターンを待つのは本当にストレスがたまります。だって自分がプレイしたいもの。

それは誰もが同じ思いを持っていて、回ってきた自分のターンをのんびりやろうものなら「遅い!」「はよせーや!」とたちまちブーイングが飛んできました。

そこでこんなマナーが身に付きました。

・自分のターンが来る前にやることを整理しておく
・ターンが来たら迷わずに実行する
・コントローラー操作を迅速に行う

これは大人になってからも、ゴルフや麻雀など、多人数で行う遊びの際にもとても役立ちました。

この他にも、

・ハメ技はしない
・贔屓はしない
・負けているものをとことんまで追い込まない
・物に当たらない

などのマナーを学びました。

でもコントローラーを投げたことは何度もありましたね。。。

知らないうちにスキルが上がる!上達の楽しさ

特に初期のゲームでは、頼れるものは自分の操作とクリアに必要な知識・経験だけでした。

今のゲームのように親切なチュートリアルはなく、説明書を読んで頑張ってねという仕様です。

最初は勝手が分からないため、全然進められないんですよね。

スーパーマリオも最初のクリボーが避けられずに死んでました。

ところが何度もやっているうちに操作スキルが身についてくる。

気がつけば常にBダッシュでクリアできるようになってたり、チビマリオのままで全面クリアできるようになってたりするんですね。

自分自身知らないうちにスキルが上がるという、上達の楽しさを感じられたのがゲームでした。

やればできる。

ドラゴンクエストの最終ダンジョンも、気がつけばれミーラの呪文もたいまつも使わずに真っ暗な状態でロトの剣を取りつつ竜王のところまで行くことも余裕になっていました。

上達の楽しさ、自分自身の能力への自信を持つことができるというのは貴重な経験です。
それを教えてくれたのもゲームでした。

機械の扱い、配線の技術

ファミコンをテレビに繋げるって、今考えるとなかなかの大仕事でした。

配線の被膜を切り、いい感じに芯線(アンテナ線)を露出させてネジに閉めこむという作業が必要だったんですね。

これを小学生が自分でやらないといけない。

カッタ―を片手に何度失敗したことか。これ以上失敗したら線がなくなってしまうという恐怖との戦いの中で培った技術と器用さはその後の人生でも随分役立ったと思います。

また、ファミコンはよく止まりました。

カセットの接触が悪いとゲームが動きません。よくカセットを「フーッ!フーッ!」と吹いてから差し込んだり、奥まで差し込むんじゃなくて8割くらいの加減にしてみたり、まあ色々な調整が必要でした。

それに動いているからといって油断はできません。

ちょっと足が当たったりしただけで「プーーーー」と画面がバクって動かなくなることは当たり前でした。

ドルアーガの塔を1階から頑張って進めていき、58階(あと3階でクリア)まで進めたところで友達の母さんが掃除機を電源コードにひっかけた衝撃でバグった悲しみは今も忘れられません。

配線の技術だけでなく、機械は繊細で壊れやすいものだということを教えてくれたのもゲームでした。

人間関係を作ることの大切さ

僕が小学校当時のファミコンソフトは新品価格で5000円〜9000円くらいが相場でした。

中には1万円を超えるようなソフトもありました。

当時の僕の小遣いは月1000円もありませんでしたから、お年玉や、誕生日&クリスマスプレゼントでソフトを買うので精一杯でした。

例え中古でも買えるソフトの数は限られていて、そこで大事だったのがソフトを借りられる友達を持つことでした。

ソフトの貸し借りができる人間関係を作る。
この大切さを肌身に染みて学びました。

一方的に借りるだけではバランスが崩れます。自分が持っているソフトをどれだけ魅力的に見せることができるか、あるいは何か別のことで役立って恩を返す事ができるか、バランスを取る方法を必死に考えていました。

ゲームをやりたい一心での行動でしたが、ここで養った人付き合いのスキルは今でも何となく役立っている気がします。

人生で大事なことはけっこうゲームが教えてくれた

「人生で大事なことは○○で全て教わった」みたいな本をよく見かけます。

この○○にはディズニーランドだとか、マッキンゼーだとかが入りますが、別にそんなものじゃなくても人生で大事なことは学べます。

僕にとっては間違いなくゲームがそれでした。

人生で大事なことは、けっこうゲームが教えてくれました。

逆にディズニーランドで教わったとかいう本を読んでも、全然響くものはありませんでした。それ別にディズニーランドとか関係なくて、ただの仕事場のデキる先輩から教わった話ちゃうんかと突っ込んで終わりでした。

大事なのは、夢中になること。本気で向き合うこと。必死になることだと思うんですよね。

難しい壁にぶつかればどうやって乗り越えようかと考える。調べる。試す。また調べる。考える。試す。

その思考錯誤の中で気付きがあり、学びを得て成長していくものです。

それはゲームでも仕事でも、人生で出会う全てのものに共通すること。

たかがゲーム。しかし、されどゲームなんです。

確かにやり過ぎは目に悪いかもしれません。
でも上手く付き合い、夢中になれば、映画や小説などと同じように自分を変える経験を得ることもできるのがゲームです。

僕はゲームを遊んできたことに後悔はありませんし、これからもゲームで遊ぶことでしょう。

ただ一つ反省するとしたら、大学受験の時、センター試験を終わった気の緩みで競走馬育成ゲームを買ってしまい、そのまま嵌って前期試験に失敗したことくらいですかね。。。

ということで、ゲームにまつわる思い出とゲームに学んだことの話でした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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