究極の美人を追い求めた奴の話【3000文字チャレンジ】

タイトル画像

やって参りました、3000文字チャレンジの時間です。

ただでさえ参加者が減った今、しかもかなり前のタイトルを引っ張り出してきて一体誰が読んでくれるんだという話ですが、

しょうがないんです。
いろいろあって書くのに時間かかっちゃったんだから。

ということで軽く開き直って、さっそく今回の3000文字チャンジの本題に入って行きたいと思います。

ちなみに今回の記事は、ただのネタです。
・何かタメになる情報が欲しい
・記事を書いた人間の考えが知りたい
そんなご要望には一切お応えできません。

時間をドブに思いっきり投げ捨ててみたいという方には向いているかもしれません。

それでは3000文字チャレンジ「美人」として、
究極の美人を追い求めた奴の話をお届けします。

究極の美人を追い求めた奴の話

今回のテーマは美人です。

美人といえばこないだ、僕の知り合いからこんな話を聞きました。

そいつはまあ男なんですけど、とにかく女性が好きなやつです。

そいつからどんな話を聞いたかというと、
「究極の美人って何だ?」
という話です。

何それ?
美人なんて主観的な尺度だし、人それぞれだから究極の美人なんてあるわけないじゃないかと。

そう言うとそいつは、

「甘い、甘すぎる。お前の考えは原宿で浮かれて買ったクレープのように甘い」と言いました。

そして語り始めたんです。

彼と究極の美人についての話を。

何それ??…と思ったんですが、聞いてみたら意外に面白い話だったので紹介させていただきます。

よろしかったらお付き合いください。

 

まず彼は言いました。

美人という言葉を辞書で引くとこう書いてある。

『美しい容貌の女性美女。麗人』

古くには男子もさしたそうだけど、やっぱり美人といったら女性のことだよね。

美人っていいよなあ。
見てるだけでも楽しいし、近づこうもんならドキドキして胸が熱くなるし、なんで世の中にはこんな美しい人間が存在するのかなって感動するよと。

 

で、僕が聞きました。

 

ふうん。
お前が言う美人って、例えば誰なん?と。

 

そしたら彼。
待ってました!みたいな顔して言うんですよ。

 

待てと。

人に聞く前に、お前が思う美人を言えと。
名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀だろ?
ってね。

 

それもそうだなっていう話でね、僕言いました。

 

うーん、そうだな…。
あ。
例えば、高校の同級生の、お前も知ってる陸上部の鎌田さんとか。めっちゃモテてたし。

 

鎌田さんねえ、、、なるほど。
他には?

 

うーん、他には……芸能人で言うと菅野美穂さんとか。ボーイッシュで綺麗で、めっちゃ美人だと思うけど、どうかな?

 

そしたら、こう言うんですよ。

 

うーん。
違う。
全然駄目。美人ってものが分かってないなあ。

まず同級生の陸上部の鎌田さんな。
確かに可愛かったし、性格も良くてまあモテてたと思う。それは分かる。

でも、それは高校という狭い世界での話だろ?
大学に行ったり、社会に出たりしたら上には上がいる。

そんな鎌田さんを美人って言うのは、鎌田さんには悪いけど、全然甘すぎる。

それと菅野美穂?

確かに綺麗かもしれんけど、お前、菅野美穂に会ったことはないやろ

直接会ったこともないのに美人って言うとか、ちゃんちゃらおかしい。

美人ってのは、そんなもんじゃないんだよ。

 

それを言われて、僕は少しカチンと来ました。

 

なんや偉そうにと。

いやいや、僕鎌田さんのことを別に好きだったとかじゃないですけど、ちょっと可愛いなっては思ってた。その価値観にケチを付けられた気がしたんですよ。

それに会ったことない人を美人って言ったら駄目とか、意味分からんし。

だから僕、ちょっと怒りながら言ったんですよ。

 

いやいや。
そんなことない。鎌田さんは美人だし、菅野美穂だって間違いなく美人だと。

俺から見てもそうだし、一般的に見ても美人の部類に入る整った顔立ちやスタイルをしてるはず。

お前こそ美的感覚ズレてるんじゃないの?
そう言ってやりました。

 

そしたら。

整った顔立ちやスタイルねえ…。

彼は大きなため息をつきました。

 

違う。違うなあ。

それは単に「魅力的な容姿の女性」であって、美人じゃない。

 

ん??
僕はここで、何か変だと感じました。
彼が何を言っているかも分からなかったんですけど、それ以上に何というか…、
彼の雰囲気が変わった気がしたんです。
スイッチが入ったというか、目が座ったというか…。

そう。
彼の怒涛の美人論は、ここから始まったんです。

 

いいか?
魅力的な容姿の女性と、美人とは全く別のものだ。

美とは、全ての価値観を超越するもの。

魅力的だとかそうじゃないとか、
可愛いとか可愛いくないとか、
そんなものを超えたところにある価値観が美なんだよ。

惑わされたら駄目。

美人は美人。
それ以外の何者でもなく、
ただ「美である」ことをもって他人の魂を奪う、
そういう存在なんだ。

逆に言えば、そうだな、
全ッ然魅力的じゃなくて、
可愛くもなくて、
性格も最悪で、
スタイルも乱れ散らかしてるのに、

圧倒的な美を感じて目が離せない。

目の当たりにした瞬間、

ただ美だけが意識の奥底に打ち込まれる!

ドン!!

美!!

それが!美人なんだよ。

目で見るものじゃない。

人間に与えられた全ての感覚。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の全部を動員して感じるものなんだ。

美が何かを考えるな。
美だと知れ。

だから実際に会わなければ美人かどうかは分からないんだ。

逆に、会って初めて分かるもの。

 

鎌田さんは可愛いけど、

うわっ!!美だー!!!

とは圧倒されないだろ?

 

菅野美穂も五感で感じたことはないだろ?

 

だからお前がそれを美人なんては言えない。

まず、ここまではいいか?

もう彼、息ハアハア言いながらものすごい勢いです。目もちょっとこう、少しどこ見てるか分からないような感じというか。

もう迫力が凄くて、僕も「お、おう…」と相槌を打つのが精一杯でした。

そしたら彼、

おう…。
そうか…。
分かってくれて嬉しいよ。

って、やっぱりハアハア言いながらウンウンと頷きました。

で、言いました。

よし。
そしたら次はいよいよ、俺の「究極の美人」の話だなと。

そうなんです。
彼の究極の美人の話は、まだここからだったんです。あまりの勢いに口を挟む隙間が無かったため、以下では僕の心のツッコミを()の中でお届けします。

 

実はこれまでにも、

 

うわ!!美人だ!!

って感じた人は何人かいる。

 

その中でも最後に出会った人、田中さんは別格だった。別次元だった。
(誰??)

もう後光が輝くというか、世界が光に溢れるというか、意識をドカンて飛ばされそうというか。
おお!これこそが美だ!って感じだったんだ。
(だから誰!!)

この人こそ究極の美人に違いない!
この世に生きて苦節23年。
ようやく俺は出会うべき女性に出会ったんだ!!
確かにそう思った。

でもそれはほんの一瞬だけだった。
ズガンと雷が落ちたような衝撃とともに、偉大な気づきが降りてきたんだ。
(何だ何だ?)

待てよと。
確かに田中さんは超絶美人だけど。
果たして究極なのか?
田中さんを超える美人はこの世にもういないのか?

そう考えてすぐに分かったよ。

それは、
分からないということが。
(分からんのかい!!)

お前、今の世界の人口を知ってるか?
知らないだろ。
俺も知らなかったよ。だから調べたよ。
国連によると約77億人だった。
(へー、多いねえ)

77億人。
凄くない?このうち俺が今まで会った事がある人数がどれだけいると思う?

1万人?
10万人?
すれ違っただけの人を数えたとしても、どんなに多く見積もっても、1000万人にも行かないくらいだろう。
(ふんふん)

そしたら、あと76億9000万人には会ってない計算になる。
マジかって思ったよ。
俺はまだ76億人9000万人の人に会わないままで、たった1000万人の中の一人の田中さんを究極の美人だと考えようとしてたのかと。
馬鹿かと。
アホかと。
(確かにアホだけど…)

究極という言葉は、そんなに軽いもんじゃない。
完全に極め尽くし、初めて使える言葉なんだ。
仮に田中さんが究極の美人だとしよう。
しかし、もしそうだとしても、俺はまだ見ぬ76億人6000人の全員に会ってそれを確かめなければ、田中さんが究極かどうかは言うことが出来ないんだよ!
(えっ!?)

だってそうだろう。
1000万人と76億9000万人。
どっちに究極の美人がいそうかなんてこと、確率で考えたらもう圧倒的に76億9000万人の方じゃないか
(確かにそうだけど)

そしたら!
次の問題は76億9000万人っていうスケールの問題が立ちふさがってくる。

76億9000万って口で言うのは簡単だけど物凄い数だぜ?
お前分かるか?
人生が100年だったとして、
1人1秒ずつ出逢ったって、
全員には出逢えないんだよ!
(0 choirかよ!って分かんねーよ)

100✕365✕24✕60✕60=3,153,600,000。
つまり、100年で1人1秒ずつでも31億5360万人にしか会えないんだよ。
もうこれ絶対無理。
しかも次々と新しい命が生まれてくるんだから、全員に会わなきゃならないんだったら、
究極の美人には永遠に到達出来ないっ…
ってことになるんだよ。
(なんか説得力あるな…)

俺は絶望したよ。
究極の美人なんてただの幻想で、
世界のことをなにも知らなかった俺の戯言に過ぎなかったのかと。
美人に賭けたこの情熱は永遠に満たされることはないのかと。
お前に分かるか!?
人生を賭けた情熱がどうやっても満たされることがないと!
その真理に自分自身で気が付いた時の虚しさが!
(いや、分からんけど…)

でも俺は諦められなかった。
本当に無理なのかどうか考えに考えた。
そしたら閃いたんだよ。
「減量を乗り越えて試合に勝ったあとに食べる握り飯が、一番美味い」
って、とあるボクシングの世界チャンピオンが言ってたなって。
(誰だよ?)

これだと。

外に正解が無いのなら、答えは自分の内側にあるんだと。
握り飯は、ただの握り飯だよ。
それを一番美味く感じさせたのは、減量の時の想像を絶する程の飢えと。
それに耐えた自分自身の情熱と。
それらを乗り越えて勝利を手にしたことの歓喜とが、ただの握り飯を世界一の美食に変えたんだと。
(一理あるかも)

だったら俺もそうすりゃいいんだ。
間違いない。
外に美人を求めるんじゃない、
自分の内側、つまり、美を感じる感性を飢えと情熱とで極限まで磨き上げた時!
究極の美人を知ることが出来るんだ!
(どういうこと??)

それに気付いた俺はさっそく行動に移した。
美人に飢えるためには、人との出逢いそのものに飢えなきゃならない。
そのためにはどうすりゃいい?
そう。
誰もいないところに行かなきゃならない。
俺は人里離れた山奥に篭った。
(修行かよ!)

人との交流を立たなきゃならないから、食料も全て現地調達だ。
木の実や山菜を集め、
獣を罠にかけて仕留め、
自然の中で生き抜こうとした。
電気やガスのない生活は厳しかったけど、
何より辛かったのは誰も話し相手がいないことだった。
(そりゃそうだろ)

美人どころじゃない。
男だっていない。
誰ともコミュニケーションを取れない生活というのは、想像してたよりも遥かに厳しかった。
苦しい事や嬉しい事があったって、誰にも伝えられない。現実感が消えていき、まるで霧の中でさまよってるような毎日さ。
誰かに会いたい、
会って話をしたい。
でも究極の美人を知るためには、それは出来ない。
どうすればいいんだ!?
二律背反に精神が切り裂かれそうで、俺はもう、狂ったような状態で日々を過ごしていた。
(いやそれ最初から!)

そしたらさ。
不思議なことに、人の声が聞こえるんだよ。
そこにいるはずもないのに。
(やばいやばい)

声のする方へ行っても誰もいない。
逆の方から聞こえてきて、そっちへ行っても誰もいない。
俺は思ったよ。

耳が良くなったんだって。
(幻覚だろ!)

てもそうしてるうち、何かが自分の中で変わってきた。
人間に対する執着心みたいなものが消えていき、逆に、周りの世界がはっきりと見えるようになった。
少しずつ、自然の素晴らしさに俺は気付いたよ。

だってそうだろう?
雨が降らなきゃ森は枯れてしまうし、
太陽が注がなきゃ木々は育たない。
虫がいなきゃ鳥は生きられないし、
鳥がいなけりゃ草木は遠くへ子孫を運べない。
全部が繋がっているんだ。
トンボだって、オケラだって…
みんなみんな生きているんだ友達なんだって。
(太陽に手の平かよ!)

そうして俺は分かった。
そう。
世界は全てが美しい。
美人かどうかなんて、どうでもいい。

矮小な世界の一つの価値観にこだわっていた俺は、ほんとに何も見えていなかったよ。

フッ。

 

ここで彼の話は終わりました。
微妙に後光を輝かせてる彼に、僕は恐る恐る聞きました。

「つまりさ・・・究極の美人を探し求めてるうちに、悟りを開いてしまったってこと?」

そういうことです。
あなたも真の美について知りたければ、私と共にジャングルに…

「行かねーよ!!」

チャンチャン。

 

以上が、彼の究極の美人についての話でした。
何でも極めれば最終的には悟りに繋がるという貴重な話かどうかは、全てはあなた次第・・・

って、なるわけ無いでしょ!

ただの無駄話に最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です