【3000文字チャレンジ】三千世界と勝負のブログキャップ

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これは#3000文字チャレンジの参加記事です。

3000文字チャレンジで連続する話を書くという事を思いつき、前回の「フレグランス」に続いての2作目になります。

今回のお題で、既に無謀な取り組みだということを本当に痛感しましたが、無理矢理にでも、出来る限りはやっていきたいと思います。

それでは第2話、「三千世界と勝負のブログキャップ」をお届けします!

 

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前回のあらすじ

三千世界と呼ばれる男が世界を観察していた。

男は自分自身のことが何も分からず、記憶と呼べるものもなかったが、”フレグランス”の能力を持っていることを知らされていた。

男は川谷雪絵という父親から暴力を受けていた高校生と出会い、結果的に、フレグランスの能力で彼女を暴力から解放した。

男は別れ際に蒼汰という名前をもらい、この世界へのドアを開けたのだった。

 

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男は考え込んでいた。

”声”に告げられた今の能力、「勝負」のことが直ぐにピンと来なかったからだ。

ーーフレグランスは分かる。香りだろ?香りで理解する能力。香りを操る能力。
スッゲー分かりやすかったし、めっちゃ役立った。めちゃくちゃ役立たせてもらった。

おかげで人生初のモテ期ってやつ?を経験することになって、控えめに言っても最高ってヤツだったと思うよ。

三千世界ってスゲーって本当に思ったね。

けど、その次が「勝負」。
勝負って何だよ。
ざっくりしすぎて、どういう能力なのかさっぱりイメージが湧かない。

勝負って何でもアリだもんな。
スポーツとか格闘技とか?そんなもんを理解するとか操るとか、全然意味分かんないよな。
まさか応援してる選手を勝たせられるとか?
そりゃ勝負っていうよりも八百長ってやつだから、違うか。

それ以外で勝負って言うと・・・ギャンブルとかか?
今がシーズンの大学入試とかも勝負といえば勝負だよな。
自分の勝負事に必ず勝てる能力っていうなら最高だけど、幾らなんでもそれは難しい気がする。

相手あっての勝負だもんな。

フレグランスの経験から考えて、自分以外の誰かを直接操るってことは難しそうだから、やっぱりそれは無いよな。

だとしたら、何なんだろうな・・・。

まあいいか。
せっかくだから、勝負というものについて色々試してみるとするか。

そうだよな。
考えながら試してみるのも、結構面白いかもしれないよな!

大学も今は暇だし。

あー、なんか、そう考えたらちょっとわくわくしてきた。
楽しめるような気がしてきた。

よし。
“勝負”について探ってみるか!

 

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まず男が最初に試したのはパチスロだった。

「勝負」という言葉でぱっと思い浮かんだのがギャンブルだったこと、普段からパチスロを嗜んでいたこと、もしも全勝できるんなら最高だよなと少しでも思ったことがその理由だった。

「そう言われてみれば、何か噴く台が分かる気がする。噴くのは・・・この台だぁっ!」

雰囲気を出して台を選ぶと、座ってすぐに当たりを連続して引いた。

「おおっ!来たか!?」と思ったのも束の間、箱と下皿のコインはあっというまに飲まれ、追い銭を幾らか投入したところで男は冷静さを取り戻して台を離れた。

まず、勝負事を自在にコントロールできるという可能性はなくなった。
少しの痛みとともに、男はそのことを学んだ。

次に男が試したのは格闘、平たく言えば喧嘩だった。

勝負にかける自分自身を強化することができるのではと考えた男は、街で見かけたちょっと怖いお兄さんに絡んでもらうことにした。

全くビビらない自分自身に驚き「これはいけるんじゃないか?」と思ったのも束の間、暴力的な力の差を見せつけられてあっけなく敗北した。

自分自身を強化できるという可能性も消えた。
まあまあな痛みとともに、男はそのことを学んだ。

男は悩んだ。

勝負事には何でもリスクがある。
このままやたらめったら試していたら、正解にたどり着くまで身が保たないし、おそらく財布も保たない。

もう少し観察を深めてからにしよう。

男は勝負事で試すのを一旦保留し、観察と考察に徹することにした。

 

******

 

それから数日が経ち、男は一つの仮説にたどり着いた。

三千世界「勝負」は、勝負にかけるエネルギーを見る能力というのがそれだった。

男が観察から得たのは次のようなことだった。

・注意深く観察すると炎のような輝きが見える
・色と大きさ、安定性の3つのベクトルがある
・高温の色になるほど見た目に覇気がある
・低温色は見栄えがしないことが多い
・炎の大小の差はよく分からない
・安定性の差もよく分からない
・人間だけでなく動物にも見える

観察で得たファクトに「勝負」という能力の名前を掛けあわせると、勝負についての何らかのシグナルが見えていると考えるのが自然だろう、という推定だった。

しかしそのシグナルが具体的に何を表しているかが分からなければ、役には立たない。

そしてそれは、実際の勝負で比べて確かめるしかないと考えられるのだった。

でもどうやって確かめる?
何をすれば面白くて楽しい結果が得られる?

男はしばらく考えた後、電話をかけはじめた。

「恭也か?ひとつ頼みがあるんだけどーー」

 

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その週の日曜日の朝。

男は競馬場にある、パドックと呼ばれる出走前の馬がお披露目する場所にいて、じっと目を凝らしていた。

隣にいた別の男が様子を伺うように話しかけた。

「どうだ?」

「おう、やっぱり見えるな。人間と同じように、馬にも炎のようなシグナルが見える。大丈夫そうだ」

男は続けた。

「けど、俺には競馬の知識が全然ない。だからそこんとこは、恭也、お前に頼む」

「任せとけって。あと、お前の能力の分析もきっちりさせてもらうからな」

「さすが恭也だ。頼りにしてるよ」

恭也と呼ばれた男は、一呼吸を挟んで、真剣な顔付きで彼の戦略を話し始めた。

「じゃあ早速1レース目だけど、まずはお前の能力を見たい。分析するためには、しっかりデータを集めなくちゃな。そこでだ。まず手始めにお前の能力を見させてくれ。そうだな、炎の大きい順に3頭、単勝で買ってみよう…」

 

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それから5レースが過ぎた。

時間は正午を少し回った頃になっていた。

男と恭也はこれまでのレースで少しずつ負けを重ねていたが、そんなものは屁とも思わないような確実な手ごたえを掴んでいて、表情は明るかった。

むしろ興奮を抑えきれないといった表情を浮かべていた。恭也が男に熱のこもった視線を送り、口を開いた。

「うん。これまでのレースで大体傾向が掴めたと思う。お前の勝負の能力と、俺の競馬眼との合作で導いた仮説だ。

まず、炎の大きさな。これは競馬でいうところの勝負根性ってやつで、競り合うような場面で相手に負けたくないという感情の強さを表していると考えていいだろう。

ただ、炎が不安定なのは駄目だな。やたらと勢いよく燃えているだけのやつは、勝負所じゃない場面で力んで沈むってケースが見られた。

コントロールと安定性、勝負所での一発の大きさが重要になる。

次に、炎の色だ。これは勝負への純度を表していると俺は思う。お前が青い炎、つまり温度の高い炎を備えると言った馬はよく走っていた。勝ち負けに関わらず、俺が見る限り、持っている能力を全て出し切る走りをしていたと思う。

逆に温度が低い色、つまり赤色に近い色だけど、これは力を出し切れてなかった場合が多かったな。遊んでいたりとか、他の馬にビビって慌ててたりとか、勝負以外のところに意識が向いていたようだ。

つまりお前の能力は、そいつが持っている『勝負にかける精神の強さと性質』を可視化して観察できる能力ってことになる」

男は勢いのまま相槌を打つ。

「なるほど。つまり、大きくて青い炎を安定して出してる馬に賭ければいいってことだな」

「いや、そうじゃない。お前が観察できる勝負の力ーーそうだな、勝負魂とでも呼ぼうか。重要なのは、勝負魂の強さ・性質と、その馬が持っている走る能力とは全く別物ってことなんだ」

「どういうことだ?」

「お前の勝負魂から見て一番強い馬でも負けていた。展開のアヤでもなく、単純に力負けだ。でも、最近のレースの中では一番いい走りをしていたんだよ。

逆に、勝負魂が弱そうなやつでも、持っている能力だけでちぎって勝ってた馬もいた。要は、やる気があっても弱ければ負ける。やる気が無くても強ければ勝つ。バランスの問題だな」

「勝負魂が見れるだけじゃ意味がないってことか・・・」

「だから、俺を呼んだんだろ?」

恭也の熱はここでさらに増した。

「馬の能力は、俺の競馬知識でかなりの部分がカバーできる。馬の能力、距離適性、コース適性、仕上げ具合、展開の読み、騎手の腕前や相性など、データに関してはほぼ完璧な状態だと言っていいだろう」

「ああ。そうだった」

「けど俺でも読み切れないのが、当日の状態だ。調子の良さくらいは体重の増減や直前の調教、毛並みや歩様やしぐさから推測はできるが、走ってみたら予想と外れることも多いんだ。けど、お前の勝負能力があれば、それをほぼ正確に把握することが出来そうだ」

「ということは、つまり・・・」

恭也はニヤリと笑った。

「そうだ。俺の知識とお前の能力を組み合わせれば、馬券的中率をかなりのレベルまで引き上げられるってことだよ!」

「凄え!マジか!」

「前置きが長くなったが、いよいよここからが本番だ。マジで、取りに行くぜ」

「おお!なんかスッゲーわくわくしてきた」

迎えた第6レース。

本命馬が後方のまま沈んだ波乱含みのレースで、行った行ったで人気薄の先行馬が逃げ残る展開を二人は完全に読み切り、三連単53,000円の馬券を見事に的中させた。

 

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「恭也!競馬ってサイコーだな!」

それから数レースを終えて、男はすっかり上機嫌になっていた。

「俺もこんなに興奮するのは初めてだよ。普段ではありえない精度で予想がバンバン当たる。面白いを通り越してマジで怖い。まったく、お前の”勝負”の能力の賜物だな」

恭也も興奮を隠しきれないでいた。

「やっぱり恭也に頼んで良かった。笑いが止まらないよ。それにしても、絶対に勝てるって訳でもないのがまた面白いな」

「さっきのレースか?」

「そうそう。ゲート入りで散々待たされた挙句、隣のゲートで暴れられたことでリズムが崩れて、出遅れ。馬券は外れたけど、予想通りにいかなかった展開に興奮したよ」

「そりゃあ、当たるか当たらないかが分からないことが、ギャンブルの魅力の本質だからな。ところで」

「ん?」

「悪いが、次のメインレースは俺は外させてもらう」

「えっ、何だよ急に。どういうことだ?」

「俺のひいきの馬が出るんだよ」

そう言って恭也は競馬新聞の馬柱の一箇所を指差した。

「ブログキャップ。俺はこいつが出るレースは予想しないって決めてるんだ。恥ずかしい話だけど、好きすぎる気持ちが邪魔になって、冷静に予想が出来ないんだよ」

「そんなに魅力的な馬なのか?」

「ああ。レースに強いだけじゃなくて、レース以外でも色々なドラマを抱えた馬なんだ。ハンサムでイケメンだしな。そもそも・・・」

「ああ、長くなりそうだからそれ位でいいよ。それで、強い馬なのか?」

「強い。でもいつも強い訳ではなくて、相当に浮き沈みが激しい。圧倒的な力を見せつけて勝ったと思ったら、何の理由も見当たらないのに惨敗する。それもあって、レースの前はいつもドキドキするんだ」

「なるほど」

「浮ついた状態で予想した馬券で当たっても嬉しくないし、何より純粋にレースを楽しみたいから、俺はこの馬が出るレースは予想しないって決めてるんだ」

「じゃあ馬券も買わないのか?」

「いや。買わないとレースが楽しめないだろう?だから毎回、ブログキャップの単勝を買うって決めてる」

「ふうん。勝算はあるのか?」

「うん。勝算は・・・あると思う。いつもね。力さえ出し切れれば、国内の中距離では間違いなく最強だ。今日のメンバーなら全く話にならないよ」

「出しきれない場合は?」

「ここ最近のレースのように、後方のままだな。着外が5回続いている。まず掲示板には載らないだろうな」

「なるほど」

二人はパドックに戻ってきていた。丁度メインレースの出走馬が、順番に入って周回を始めたところだった。

「ブログキャップはどれだ?」

男が恭也に尋ねた。

「1番だよ」

恭也はぶっきらぼうに答えた。

「いい番号じゃないか」

「逆だよ。馬込みが嫌いなのに、よりによって最内枠を引いてしまった。今日も厳しいかなあ・・・でも俺は応援する」

「ふうん」

男は1番のゼッケンを探すためにパドックをぐるっと見渡した。
そして「1 ブログキャップ」と書かれたゼッケンに気付いた時、そこで男の動きがぴたりと止まった。

「おい、恭也」

「何だよ」

「お前の好きなブログキャップな、多分、今日はスゲーぞ」

「えっ?」

「青白い炎がしっかりと形になって燃えている。大きくもなく、小さくもなく、完全にコントロールされた感じでメラメラと燃えてるぜ。今日イチの美しい炎だ」

「そんなバカな」

恭也は唸った。

「調教の出来は良くなかったし、体重は前回よりも増えてる。後ろ足の踏み込みも浅い。気勢もイマイチで、まるで覇気が感じられない。俺が見る限り、ファンだから言いたくはないが、どう見ても調子は悪い」

「そうなのか?けど、勝負魂は多分最高だぜ。お前の分析で考えると、青白い炎は力を出し切るサインだし、炎の安定性の高さはここぞという時に根性を発揮するんだろ?」

「その通りだ」

「本来の能力を発揮したら、どうなる?」

「間違いなく勝つだろう。いや、しかし・・・」

「単勝オッズは・・・18倍。よし、決めた。恭也、俺はこの馬の単勝に今日の勝ち分を全部賭けることにする」

「なっ・・・バッ・・・単勝1点に30万を突っ込むっていうのか?落ち着けよ。リスキー過ぎる。今言ったとおり、俺が見る限りは勝てる状態じゃない。負けたら全部パーだぜ?」

「どうせあぶく銭だし、面白いじゃないか。俺はお前の競馬を見る力を信じてるし、三千世界の能力も信じている。その二つが『行けッ!』って言ってるんだから、行くしかないじゃないか。それにもし当たったら、500万だぜ、500万!考えただけでワクワクするじゃんか」

恭也は必死に抑えようとした。

「バカ、冷静になれ。馬券はオッズと払い戻し金で買ったら駄目なんだ。お前は勝負に酔ってるんだよ。500万っていうありえない金額を一度イメージしてしまったら、まともな判断能力なんて奪われてしまう。そうなったらレースを見送るしかないんだよ」

「恭也。大丈夫だ。俺は冷静だぜ」

男は懐から手鏡を取り出し、自分自身を映して目を凝らした。

「炎の色は赤と青の中間だが、大きさは普段と何も変わらず、安定性も確かだ。もしも俺が勝負に酔っているなら、炎は大きく燃え上がり、激しく揺れて乱れるだろう。でも、そうじゃない」

男は恭也に告げた。

「俺はお前と、自分の能力を信じる。行くぜ、単勝勝負」

それを聞くと、恭也は諦めたといった感じで肩をすくめた。

「そこまで言うのなら仕様がないな。じゃあ、俺も行くとするか。今日はお前にとことん付き合うよ。単勝、一点買いだ」

二人は目を合わせ、覚悟の笑みを互いに交わした。

 

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自分の能力を信じるとは言ったものの、いざ馬券を買って後戻りが出来ない状況になると、男の内面は次第に穏やかさを失っていった。

競馬の勝負は、馬券を買った時点で自分に出来ることは終わる。あとは、馬と騎手とに全てを託すことになるからだ。

勝負の行方をコントロールすることは一切出来ない。
全てを委ねて、ただ見守らなければならない。

これが想像していた以上にたまらない。
とにかく色々な想像が錯綜し、心がかき乱される。鼓動が早まり、全てが嘘のように存在感を失い、全く精神が落ち着かない。

勝ちを失う怖さが顔を出しては引っ込める。

しかし、どうすることも出来ない。
怖くなったからといって購入した馬券はキャンセルは出来ない。動き出した運命に身を委ねるしかないのだ。

後は信じるだけ。
判断した自分自身の思考を。恭也の知識と、三千世界の能力を。

男は、少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。

そしてレースは発走を迎えた。

 

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ゲートインは順調に終わった。

直後、ゲートが開き、14頭が一斉に飛び出した。歓声と実況が場内にこだまする騒然とした中で、ブログキャップは内枠から滑り出すように飛び出すと、そのままするすると位置取りを下げて中段やや後方にぴたりと収まった。

「よし!」

恭也が小さく呟いた。

「いいのか?」

「いい。ブログにはベストの位置で、しかも馬群に包まれてない。時計も・・・遅くない。落ち着いているように見える。よしっ、このまま行けっ・・・」

隊列の形成はそのまま落ち着き、淡々とレースは流れていった。

先頭が残り800メートルの標識を通過した。
1800メートルの芝コースのレースだから、丁度1000メートルを走ったことになる。

「よしっ!57秒の早時計だ。前は崩れるぞ・・・」

男は恭也の言っていることの意味は分からなかったが、有利な展開という空気を感じ取り、興奮を募らせた。

馬たちは向こう正面からコーナーを大きく曲がった後、600メートルの標識を過ぎ、隊列を崩さないまま最終コーナーへ差し掛かっていった。

徐々に先頭と後方との距離が縮まっていき、馬上の騎手たちの動きが大きくなっていく。

と、そこで、ブログキャップに変化があった。

中段やや後方に位置していたブログキャップが、持ったままで内側から順位を押し上げていく。
必死に追っている馬も出てきているなか、まるで加速装置が付いたかのように静かにスピードを上げていくその姿に、男は湧き上がる興奮を感じていた。

やはり三千世界の能力は確かだった。信じた自分の勝利だーー
レースはまだ最後の直線にも入っていないというのに、男はもう勝った気になっていた。

「よしよし、よし、よし、きたきたきたきたーーー!!」

恭也は既に男のことなど忘れて叫びまくっている。

ブログキャップは内側の位置を保ったまま、更にスピードを上げて最終コーナーを飛び出してきた。

残り400の標識を過ぎて、先頭集団は7頭。
しかしその後ろ、別次元の勢いで内ラチ沿いからぐんぐんと上がってくる馬がいた。

ブログキャップだ。

「来いーー!!ブログーーー!!」

恭也が狂ったように叫んでいた。いや、恭也だけではなかった。不調が続いていた活躍馬の久しぶりの躍動に、スタンド中の観客が悲鳴混じりの大歓声を上げていた。

が、その時。

勢いよく内ラチ沿いを駆け上がるブログキャップの前には1頭分が通れるスペースが開いていたのだが、前で競り合っていた1頭がバランスを崩し、その道を急に塞いだのだ。

今まさに、抜きにかかろうというブログキャップの眼前で。

「あなっ、バッ!!!」

ああっ何をしやがるバカこの野郎という趣旨の奇声を恭也が発した。

ブログキャップには勢いが付いている。接触、下手すれば落馬ーー場内がどよめいた中、しかし驚くことに、ブログキャップは瞬時に進路を外側へ振って鮮やかに躱した。

その鋭さのあまり騎手が一瞬体勢を崩しかけたため、わずかに足が鈍ったが、騎手が姿勢を再び決めるとブログキャップは手前を変えてさらに加速した。

残り200の標識を過ぎた時、ブログキャップの前に他の馬はいなかった。

場内の悲鳴は既に大歓声に変わっていた。

恭也は泣きながら「そのまま、そのままーっ!!」と叫び続けていた。

さらに後続を引き離し、終わってみれば6馬身差の圧勝でブログキャップはレースを終えた。

男は叫ぶでもなく、単勝一点勝負の馬券を握りしめ、ただ立ちすくんでいた。

単勝18倍。

男は、かつてない興奮のるつぼの中、540万の払戻金を手にすることになった。

 

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「ありがとうな、恭也」

帰り道、駅が近づいたところで男はもう一度感謝の言葉を口にした。

「ん?何のことだ?」

恭也は軽い口調で返した。今もレースの余韻を楽しんでいるのだろう、自然な笑顔が溢れていた。

「お前のおかげで勝てたことだよ」

「ああ、そのことか。違うよ。最後のメインレース、俺は止めたんだぜ?それをお前は振りきって買った。あの一枚は、お前がその手で掴んだ当たり馬券だから、礼を言われる筋合いはない」

「いやいや。お前の情報と、能力の分析があったからこそだ」

そう言うと、男はカバンに手を突っ込み、小さな袋を取り出して話を続けた。

「勝ちの半分だ。受け取ってくれ」

恭也はニヤッと笑い、男の差し出した袋を掴んだ。

そしてそのまま、男のカバンの中に無造作に突っ込み返した。

「いらねーよ。他人の当たり馬券のおこぼれなんて、縁起が悪いったらないからな。俺も楽しませてもらったし、それで俺は十分なんだよ。しまっておけ」

「分かった。今度、飯でも奢るよ」

「おう。スッゲー高いやつを頼むぜ。あ、それとな」

「ん?何だ?」

「一つだけ”勝負”について忠告しておく。お前はさっき『今日の勝ち』って言ってたけど、それはちょっと間違ってる。今日の目的は、三千世界とかの能力を確かめることだったはずだ」

恭也はそこで立ち止まった。

「それなのに今は目先の金を掴むことを”勝ち”って感じてしまっている。勝負の内容がブレていることを自分で気付いているか?」

男は一瞬真顔になった後、少し困ったような笑顔で答えた。

「なるほど、その通りだ」

「だろう?気をつけろよ。目先の色気に惑わされて浮気ばかりしてたら、本命の彼女はすぐ手の届かないところへ行ってしまうぜ」

「覚えとくよ。でも恭也、『能力で面白いことをする』のも今日のテーマの一つだったから、その意味ではやっぱり”勝ち”だよ。なんせ、面白かったからな」

恭也は声をあげて笑った。

「それならそうだな。間違いない。確かに”勝ち”だよ」

「だろう?」

男も笑った。

ひとしきり笑ったあと、男が思い出したように聞いた。

「そういえば、最後のレース。恭也はいくら買ったんだ?」

「ああ、それな。これだよ」

と言いながら、恭也は一本、指を立てた。

「10万?」

恭也は首を振った。

「1万?」

恭也はまた首を振った。

「まさか、100万?」

「バーカ。100円だよ」

「たったそれだけ?」

「言ったろ?好きすぎて冷静に予想が出来ないって。そんな状態で馬券を買うのは、俺のルールに反する。レースを楽しむための馬券だから、100円で十分なんだよ」

男は笑った。

「徹底してるな。恭也らしいや」

恭也も笑った。

「ま、それが俺の勝負哲学ってやつだな。それじゃあ、俺はここで」

「おう。ありがとな」

「また三千世界とやらで困ったことがあったら教えてくれ。面白そうだから、競馬以外でも喜んで首を突っ込ませてもらうよ」

「分かった。じゃあな、恭也」

「じゃあな、琢磨」

 

******

 

それからしばらく歩いた後、恭也はスマホを取り出してアプリを呼び出した。

「目先の色気に惑わされた、か」

馬券の払い戻し金を示すその画面には、琢磨がメインレースで得た払戻金額を軽々と上回る数字が表示されていた。

「俺も他人のことは言えないな」

恭也はスマホをポケットに押し込むと、また歩き始めた。

 

ー 第2話「三千世界と勝負のブログキャップ」 完 ー

 

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