【日記】人は人に影響を与えなければ価値がない?

霧島もとみです。

そういえば私がとある難病を発病してから約1年が経ちました。

筋肉が衰えていく恐怖を感じながら、回復と再燃に一喜一憂して過ごしてきた1年間。2度の入院を経て今も状態は良くはありませんが、落ち着いて考えれば治療を受ける前の状態よりかは幾分楽な気がします。

他の病気の併発はなく、それだけでも幾分幸運なのかも…とも思う今日このごろです。

さて、発病をきっかけに身体の衰退、その果ての死をリアルに想像することとなり、幾分思考に変化が訪れました。

その中で長年自分が考え続けてきた「幸福とは何か?」「生きるとは何か?」という厨二病な疑問に、自分なりの答えを見つけたような気がしています。

ですが、それが仮に答えだとしても、まだその答えは自分を幸福には出来ていません。幸福といえる心理状態に向かっている気はしますが、心理的な技術の実践が必要で、全く達成はできていないのです。

その中で一番の課題というか、自分が今強く感じていることがあります。

「自分を幸福に、また、関係する他人を幸福にできない思想・技術に果たして価値があるのか?」

ということです。

まあ、価値はないですよね。

仮にそれがどんなに良い思考だとしても、幸福な状態が得られなければ「絵に描いた餅」であり、何の説得力もありません。ていうか、そもそもその存在に意味は無いのではと感じられるのです。

自分以外の存在に影響を与えられない思考など、何の価値もない。意味もない。

ただのゴースト。

そう考えると辛い。胸の中を冷たい風が吹き抜けます。

せっかくまだ生きているのだから、出来ることなら、ゴーストではなく価値のある生だったと自分自身で認識したい、というのが近頃の希望。

心がけていることは、自分以外の他者に影響を与えること。

まずはリアルワールドで実践しているところです。

幸か不幸か?身の回りではトラブルが続いている状況なので、実践の機会はゴロゴロと転がっています。

うん。

よし。

せっかくだから、俺は赤の扉を選ぶぜぇ。

最後に唐突なデスクリムゾンで大変申し訳ありません!!

 

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