1世帯30万円の給付金にどうしても腹が立った理由について

霧島もとみです。

新型コロナウイルスの感染拡大への対策として「1世帯30万円」という方針が示されたそうです。

「1世帯マスク2枚」に続けて示されたこの給付金に対して、僕はちょっと腹が立ちました。

普段腹を立てることが少ない温厚な僕ですが、やっぱり腹が立ちました。

何に腹が立ったかというと、

「世帯」を単位にした給付金だということです。

どうしてもこの点について言わずにいられなかったため、ブログに書かせてもらいました。

  • そもそも世帯とは何か?
  • 世帯が生活に与える影響とは
  • 世帯分離という問題
  • 腹が立った理由

このあたりをドドド!と勢いで書きました。

僕の腹立ちを少しでも感じてもらえれば幸いです…。

そもそも世帯って何なの?

そもそも「世帯」って何なんでしょう?

一般には「住居と生計を共にしている人々の集まり」とされています。国税庁や統計局、厚生労働省など、政府や自治体のHPにはこのように書かれています。

で、住居とは住んでいる場所(民法によると「各人の生活の本拠」だそうです)のことで、生計とは日常の生活の資(資って何だ…?)を共にすることです。

ざっくり言うと「同じ家に住んでいて生活費を出し合って生活している単位」という理解でしょうか。

なのでいわゆる二世帯住宅だと、家は同じですが、それぞれ独立した生活を送っているので別世帯になるみたいです。

ちなみに夫婦は民法の規定により原則同一世帯になるそう。

※民法第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

直系血族・親族にも相互扶助の規定がありますが、同一世帯の原則はないみたいですね。

※民法第七百三十条 直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない。

驚いたのは、この世帯という言葉、法律で定義がされてないようです。

民法・地方自治法・住民基本台帳法あたりに定義されているのかと思っていましたが、全然書かれていませんでした。

世帯が生活に与える影響とは?

さてこの「世帯」というものですが、法律に定義がされていない割には結構生活に影響を与えます。

その一つが健康保険です。

制度ごとで異なるので詳細は省きますが、例えば健康保険の高額療養費では世帯の総所得額によって月ごとの上限負担額が変わります。

所得が高くなるほど上限負担額が高くなります。

保険料の算定でも、世帯の所得によって軽減される額が変わるみたいですね(国民健康保険では被保険者本人と世帯主の所得での計算になります)。

ということで、誰か世帯に収入の高い人が1人いれば、世帯全体の負担が大きくなる仕組みになっています。

この「収入が多い世帯ほど負担が大きくなる」という仕組み自体には僕は不満はありません。

保険という相互扶助の制度を成立させるため、負担能力のある人にはそれだけ多く負担してもらおうという考え方自体は理解できるからです。

ではその「負担能力」の単位が個人ではなく世帯になっているのはなぜだろう?と考えると、これは想像ですが、世帯=相互扶助するものという助け合いの考え方が基本にあるからではないかと考えています。

だとすると世帯とは相互扶助、助け合う人々の最小単位だと言うことも出来るのではないかと思います。

しかし一方では、「誰か世帯に収入の高い人が1人いれば世帯全体の負担が大きくなる」という健康保険などの仕組みがあることから、これらの負担を減らす事を目的にした世帯分離というものが行われているようです。

世帯分離という問題

世帯分離とは、世帯を分けることです。

一緒に住んでいるけれど、届け出を出すことで住民票の世帯を分けることが出来る制度があるんですね。

これを行うことで負担を軽減できるケースがあるようなんです。

例えば高齢のAさん(80歳)と、その子供Bさん(35歳)の2人世帯の場合です。

Aさんは年金収入のみで年収80万円。

Bさんは会社員+副業でバリバリ稼いで年収は年収2,000万円だとします。

二人が同一世帯の場合、入院+外来の1か月あたりの上限負担額80,100円+αです。

ところが世帯分離してAさんが単身世帯になると、区分としては一番負担の軽い「低所得者Ⅰ」となり15,000円になります。

この他、介護保険でも同じような自己負担額の仕組みになっているようです。

つまりどういうことかというと、

保険に関する負担という1点のみで考えた場合には、

収入はないけど保険をよく使う(よく病院にかかるなど)人が世帯にいた場合、その人を世帯分離すれば負担を減らす=節約できることになります。

ちなみに減った負担は誰が負担するかというと、その他の保険に加入している人です。

ではこの世帯分離がどういう手続きで出来るかというと、自治体の窓口に「世帯分離」という届け出を出すだけです。

引っ越す時の手続きとほぼ同じです。意外と簡単です。

なので世間では「節約術」として紹介されていたり、あるいは逆に、安易な世帯分離が社会保障上の問題になっているとして報道されていたりするなど、話題になることも多いです。

同居介護の前にやるべき「世帯分離」、そのメリットと申請方法

そういえばNHKニュースでこの問題の報道を見た記憶がありました。

NHK「世帯分離」の問題点を報道。審査厳格化で申請が15分の1に減った自治体も「節約術」として不正な申請が増加

さて、この世帯分離が良いか悪いかというと、現状では僕としてはなんとも言えません。

なぜなら「世帯」という定義が曖昧だからです。

  • 基準は役所に出す届け出1枚だけ。
  • 同一世帯にするかどうかの明確な基準もない。

こんな状態では「負担が軽くなるから世帯を分けよう」と考える人が多くなるのも仕方ないかもしれません。

しかしこのようなケースがあまりに続出すると、保険を利用する負担を制度=他人に回すことになる訳ですから、自治体の負担が大きくなったり、保険料が高くなったりします。

この場合、AさんとBさんのケースで、もしもBさんが相互扶助の信念を持つ人だったとしたらどうなりますか?

他の人は世帯分離で自己負担を一方的に減らして、その負担が保険料や上限負担額の上昇という形でBさんにも回ってくるとしたらどうですか?

正直者が馬鹿を見る。

そんな事態になります。

制度自体に立ち返れば、相互扶助が基本原則のはずです。

保険だけでなく、国というもの自体もそのはずでしょう。少なくとも民主主義国家ならそのはずです。

そして相互扶助の最小単位が世帯だとしたら、それを安易に分断させてしまうような制度設計をすることは望ましくないはず。

そのような制度設計は、個人の分断に繋がらないでしょうか?

少なくとも国=行政としては、出来るだけ世帯という単位で相互扶助に努めてもらった方が、行政の負担は軽くなり円滑な運営が出来るようになるはずなんですけど…。

で、今回の給付金ですよ。

1世帯あたり給付金30万円へ腹立ちを覚える理由

報道によると1世帯あたり給付金30万円を支給する方向とのこと。

これに僕は大きな腹立ちを覚えました。

給付額とか、給付基準とか、そのあたりは財政的な背景や狙う効果の関係があるでしょうから文句は言いません。

腹が立つのは「世帯」を単位にしている事です。

理想論としては世帯を単位にするのは分かります。相互扶助の単位ですもんね。生計を一にしている単位ですもんね。

困っている人が一人いたとしても、世帯全体でカバーできてたら給付金を出す必要もないですもんね。

もし必要があったとしても、生活の単位ごとに給付金を渡せば何とかなる可能性がありますもんね。

もし本当に生活が立ち行かなくなったとしても、生活保護という制度があるから死ぬことは無いですもんね。

違う!!

僕が腹が立つのは、

家族で支えあっている真面目な人たちが、

「世帯分離している人のほうが多く給付金を貰えるんじゃないか」という不公平感を持ってしまうような政策を、

わざわざ国が行うことなんですよ!!

 

本当に不公平かどうかが問題ではなく、

いや本当は問題だけれども取り合えず置いておいて、

不公平じゃないかと考えさせるような事を行うのが問題なんです。

あんたら相互扶助を壊したいのかと。

真面目な人たちの人間関係を個々に分断していきたいのかと。

正直者にもっと馬鹿を見ろと言いたいのかと。

 

そうじゃないはずです。

行政としては、日本という相互扶助を原理原則に成り立っている国家をより良いものにしていくためには、

「相互扶助を大事にしていきましょう」という方向に誘導する政策を行わなければならないのじゃないでしょうか。

今のような重大な危機に対している時には猶更その重要度が高いはず。

それなのに世帯単位の給付金かよ、というのが僕の腹立ちの理由です。

単純に考えても、1人世帯と、5人世帯とで同じ給付金?って思ってしまいます。

まあ、1世帯あたりにマスク2枚配るとかもどうかと思いますけどね。

正直者が馬鹿を見るのが嫌い

ということで給付金に対しての腹立ちを書かせていただきました。

色々書きましたけど、僕の根底にあるのは、

正直者が馬鹿を見るのが嫌い

だという事です。

ついでに言うと、そういう正直者に対して「情弱だ」とかドヤ顔をして、制度に乗っかって美味しいところだけを持っていこうとするフリーライダー達が嫌いです。

税金で作った道路の上をわが物顔で走る暴走族と同じじゃんって思います。

なので行政には「正直者が馬鹿を見る事が少ない」「相互扶助を推進する」ような政策を実行して欲しいと切に願います。

誰だって、自分の大切な人を自分の手で助けたいと思うはずですから。

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