【3000文字チャレンジ】八木山橋の3つの物語

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霧島もとみです。

この記事は、こぼりたつやさんが主催する#3000文字チャレンジ「橋」の記事です。

3000文字チャレンジ橋とは?
・このテーマで3000文字以上
『橋』さえ絡んでいれば、どんな文章でもOK!
・画像、動画及び文字装飾禁止!
無機質な活字のみ。無機質に命を吹き込もう!

既に「橋はウザくないくらいが丁度いい」という記事を書いたばかりなのですが、ねこまにあ@FXトレーダーになるぞさん(@necomania7)の3000文字橋を読んだ感想をやり取りしている中で、ふと懐かしい八木山橋のことを思い出しました。

せっかくだから書いてみようと思っただけなのですが、気がつけば筆が走り、5700文字を超える話となってしまいました。

というわけでお届けします。

題して「八木山橋の3つの物語」です。

 

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とある橋にまつわる3つの話をしよう。

 

僕は大学時代に宮城県の仙台で過ごしていた。

通っていたのは、仙台市の中心部からやや西側にある、青葉山という場所にあった大学だ。青葉山といってもピンとこない人には、伊達政宗の像がある青葉城址(仙台城址)がある山だと思ってもらえたらいいと思う。

僕はその大学から少し離れた、向山(むかいやま)というところに住んでいた。

地元から離れていた仙台の地理に詳しくなんてなく、当時はGoogleマップなんて便利なものはなかったから「学生さんにおすすめ!」という売り文句を見て、車で現地を案内してもらい、すぐ契約してしまった。

それがいけなかった。

確かに大学から距離はそれほど離れてはなく、自転車で20分程度で行ける距離だったと思う。

距離はね。
ただ、高低差が凄かった。

向山というところは山の登り口のような場所で、しかも僕が契約した場所は、山の登り口ではなく若干登ったところにあったのだ。

家から大学に通うには、一度山を下り、そこから青葉山を登らなくてはならなかった。

この下りる・登るという坂道が、自転車という交通手段には半端なくきついものだった。見上げることが出来るくらいの急で長い坂。全力の立ち漕ぎで登りきれるかどうかという坂が、毎日僕の前に立ち塞がった。教室に飛び込んだときには、心臓バクバクでとても授業を受けられるような状態ではなかった。

それでも1年生の時はまだ良かった。
1年生が通うキャンパスは、青葉山といってもまだその麓でしかなかったからだ。

2年生になって学部の授業が始まると、勉強の場所は本格的な山の上、青葉山の真っ只中に変わるという試練が待っていた。

試しに自転車で登ってみると、地獄のような坂だった。途方にくれた僕は、親にバイト代で返すからと泣きついて借金をし、原付を買った。

僕は原付の機動力に心から感動した。

原付を買うと行動範囲が一気に広がる。
また、坂道を気にしなくて良くなるので、道の選択肢がほぼ無限になるのも嬉しかった。

 

さて、原付を買ったことにより、僕はもう一つの通学ルートを選べることになった。

それが、八木山ー青葉山ルートだ。

僕が住んでいた向山は、八木山という山の入り口に位置している。ここから一度八木山を登り、そこから渓谷を渡って青葉山に入るというルートがあるのだ。

山に登って山を下り、そしてまた山を登る。
1回で2つの山に登るというルートは、自転車、少なくともママチャリで毎日通るには不可能な厳しいルートだが、原付ならどうってことはない。

このルート、実は通勤・通学ルートとしてはメジャーな道だった。
八木山は大規模な住宅地として開発されていて、市内へ向かうには距離も短く、信号も少ないことから、朝の時間帯には車とバイクがいつも大行列を作っていた。

さて、このルートの要とも言える橋が八木山橋である。

八木山と青葉山を直接結ぶ橋はこの一本だけで、この橋があるからこそ、八木山ー青葉山ルートが成立する重要な橋である。

八木山側からこのルートを進んでみよう。

八木山動物園前の信号を北に進むと、すぐ下り坂だ。しばらくは八木山動物園とベニーランドという遊園地の間を進む。そこを抜けると建物が姿を消し、完全な山道になる。片側一車線だが十分な広さが確保されていて、運転するのに心配はない、きれいな道路が続く。

左手のガードレールの向こうには空間が広がり、そのさらに向こうには青葉山が姿を見せる。間には、2つの山の間を流れる広瀬川支流が形成した竜ノ口渓谷と呼ばれる谷がある。

視線を前に戻してしばらく道を下ると、緩やかな右コーナーの向こうから橋が見えてくる。

この橋が八木山橋だ。

この橋を過ぎると青葉山で、少し進むと青葉城址の入り口があり、大学まではもう少し山道を走らなければならない。

 

さて、この八木山橋は普通に通り過ぎるには何の変哲もない、長さ数十メートル程度の、どこにでもあるただの橋である。

だが少し立ち止まって見てみると、その異様さに気付くだろう。

さあ、ここから八木山橋の物語が始まる。

 

1つ目の物語は、橋の欄干である。

 

この橋には歩道はなく、自動車が通る白線から1〜0.5m程度離れたところに欄干が取り付けられている。

高さ1.2m程度の、手すりの付いたしっかりした欄干である。
橋としては十分な欄干だろう。
ここまではごく普通だ。

異様なのは、その欄干の向こう側だ。
欄干の向こう側から、高さ3m以上あろうかというフェンスが上空へ伸びている。

渓谷という景色を完全に台無しにする、無骨な鉄の構造物だ。

フェンスには縦方向にびっしりと格子が並び、しかもそのフェンスの上部が内側に反り返っている。

よく見ると、ご丁寧に「大型車頭上注意」と書かれた看板が取り付けられている。なぜこんな看板が経っているかというと、大型トラックが道端に寄ると接触してしまうくらいに、きっちりと反り返っているからだ。

なぜこんなものを取り付ける必要があるのだろう?

誰もが疑問を抱くだろう。

転落防止にしても、やり過ぎの感が否めない。高さ3mのフェンスは転落防止というレベルを遥かに超え、「落ちたら危険」ではなく、「これで落ちれるもんなら落ちてみろ」という声さえ聞こえてきそうだ。

しかもなぜ上部を反り返らせる必要があるのだろうか。
大型トラックが接触するという危険を承知のうえで取り付けられていることから、この反り返りは意図的なものに違いない。

 

何かのメッセージが込められているはずだ。

学生だった僕もこの疑問を持った1人だった。

 

ある日僕は、橋を渡りきったあと、原付を道路脇に止めて橋の上を歩いてみることにした。

実際に歩いてみると、やはり異常だ。
両側にそびえ立つフェンスからは、歩行者を道路側に押し出そうとするような圧迫感を感じる。

フェンスに見とれていると、僕のすぐ背中側を大型車両が通過して、風圧に引っ張られそうになった。ヒヤッとした。

橋のちょうど真ん中まで歩いたところで、僕は橋の下を眺めてみた。
フェンスのせいで身を乗り出すことは出来ないから、できるだけ顔面をフェンスに近づけて、その隙間から斜め下を覗くように見る。

橋の下には川が流れていた。
広瀬川の小さな支流だ。
橋は高さ60〜70m程度のところに架けられているそうだが、なるほど確かに相当な高さを感じた。

川の両脇は切り立った崖で、崖は、橋の両側からその幅を狭めながら川へと続いていた。僕はここが「竜ノ口渓谷」と名付けられた場所だったことを思い出した。

崖と川が作り出している形と、渓谷の薄暗い光が作り出す雰囲気は、まるで大きな口のように見えて、じっと見ているとそこに吸い込まれそうーー

そこで僕は慌てて目線を川から離した。
瞬間的な身の危険を感じたからだ。

そもそも、高いところから下を眺めるのは気持ちのいいものではない。

「落ちたらどうなるのだろう」と少しでも考えると、下腹部の後ろあたりがスウッとするような寒気とともに、恐怖を感じて目を逸らしたくなる。

だからあまり長い時間は見ていられない。

だがこの時は違った。

最初は確かに「高い」「落ちたら怪我じゃ済まない、危険だな」という事を感じ、自分が今その高さに立っていることに少なくない恐怖を覚えていた。

だが、眼下の川と、両側の崖が作り出す景色を見ているうちに、次第にその恐怖はどこかへ消えた。いつまでも見ていられる、いや、見ていたいような気になっていた。

僕の意識は、ただ川へ川へと、吸い込まれるように向かっていたのだ。
まるで竜に飲み込まれる獲物のように、ただ川へーー。

はっと我に帰った僕はその恐ろしさにぞっとして、川から目を離したのだ。

このときフェンスの意味も理解した。

おそらくこの谷には、視覚的に、恐怖を忘れさせ、吸い込まれるような錯覚を起こす効果があるのに違いない。

もし自分が精神的に追い詰められ、心が極限まで弱った状態でこの場所を訪れるとどうなるのだろうか?
想像に難しくなかった。

だからこのフェンスの高さがあり、そして簡単には乗り越えられないような形状で作られているのだと僕は結論づけた。

物理的にも、心理的にも壁を作ることで、谷底へ近づけないようにしているのだろう。

 

そのフェンスは今も変わらず八木山橋にそびえ立ち、無言のメッセージを送っている。

過剰過ぎるフェンス。

 

これが1つ目の物語だ。

 

さて、この橋にはもう一つ異様な点がある。

それは、周囲に建物もない、山と渓谷しかないこの橋のそばにバス停が設けられていることだ。

バス停の名は「八木山橋」という。

 

このバス停が、2つ目の物語だ。

 

僕はこの路線のバスに何度も乗ったことがあるが、このバス停で降りたり乗ったりする客を、ただの一人も見たことがない。

運転手の、

「次は、八木山橋、八木山橋。お降りのお客様はお近くのボタンでお知らせください」

というアナウンスが無機質に流れるだけだ。

その度に僕は「誰がこんなところで降りるんだろう?」と疑問を抱いていた。

だがフェンスの意味を想像してしまってから、僕の印象は変わった。

このバス停で降りる人がいた時、その人は何のために降りるのだろうか。
山と橋しか無いこの場所で、何のために降りるのだろうか。
その人はどこへ行くのだろうか。

運転手のアナウンスの後の、ほんの少しの時間が僕は怖かった。

 

今日こそ誰か押す人がいるかもしれない。

 

誰かが乗ってきたらどうするのか。

 

そう自分が想像してしまうことが怖かった。
夜遅い時間に乗ったときには、街灯だけが光る暗闇の道が、その恐ろしさを増幅した。

結局・・・

幸か不幸か、僕は最後までこのバス停で誰かが乗降する姿を見ることはなかった。

そして2015年12月6日のダイヤ改正でこのバス停は姿を消したらしい。

ひょっとするとこの橋は、僕が想像していたようなものでは無く、一旦決めたことをなかなか変える事ができないという、この国の文化の象徴だったのかもしれない。

 

これが2つ目の物語だ。

 

そして3つ目は、この橋を通過しようとしていた、僕の物語だ。

 

これは少々辛い話になる。

 

悲しい話や、身の毛がよだつような話が苦手という方は、ここで離脱することをおすすめする。

もしもこの先を読んでいただけるのなら、必ず最後まで目を通してほしい。

 

僕はその日、とある用事で早朝の4時に家を出て大学へ向かっていた。

通るのはもちろん、八木山ー青葉山ルートだ。

当たり前だけれど、早朝の道路は交通量が極端に少ない。そして暗い。誰もいない、所々にあるコンビニだけが明るく照らす向山の道を、上へ上へと登っていく。

八木山動物園前の交差点を北へ向かって曲がると、そこからは本当の真っ暗な山道だ。原付のヘッドライトが照らす狭くて弱々しい光だけを頼りに、僕はバイクを走らせた。

ここから幾つかのコーナーを下っていくと、その先にはあの八木山橋がある。

 

人の気配の無い、早朝の八木山橋か・・・

 

そんな事を考えながら、迫ったコーナーを右へ曲がろうと僕がバイクを無意識に倒したその時、事件は起こった。

 

スピードは30km程度だったと思う。

 

余裕を持ってコーナーを曲がれるはずだったバイクのグリップが、一瞬にして失われた。
僕は側面からアスファルトに叩きつけられた。

 

しまった。転倒したーーー。

 

転倒したバイクと僕は、何故か勢いが弱まることなく、走っていたそのままの速度でアスファルトの上を滑っていった。

 

痛みを感じる暇なんてなかった。
状況を整理するのに精一杯だった。

 

僕はどこへ滑っていこうとしているのか?
なぜ止まらないのか?

 

必死に滑る方向へ目をやった。

 

そこで視界に捉えたのは、

真っ直ぐに向かってくるセンターラインだった。

 

慌ててアスファルトを搔いて止めようとしても、靴も手袋もその表面を滑り、何のブレーキにもならない。

このままでは対向車線へはみ出してしまう。

 

そしてセンターラインの向こう側に、たった今、コーナーを曲がってきたばかりのヘッドライトの眩しい光が姿を表した。

 

抵抗むなしく、僕の体は対向車線へと吸い込まれた。

 

あ、

 

と思う間もなく、

僕の体はぐしゃりと鈍い音を立てて跳ね飛ばされ、

ぐるぐると回転したあと、

アスファルトへ無残に叩きつけられた。

 

即死だった。

 

僕はぐちゃぐちゃに溶けた意識の中で、なぜバイクで今日この道を走ったのか、自分を恨んだ。

こんなことならバスで行けばよかった。
あ、早朝だからバスは走ってないか。

もうこの体じゃあバイクには乗れない。
どうやって帰ろうか。
どうしようか。

 

あ、そうだ。

 

バスに乗ればいい。

バス停「八木山橋」まで行けば、そこからバスに乗って帰れる。

 

そうだ、あのバス停は、こんな時のためにあったんだーー。

 

バスに乗って帰ろうーー。

 

これが3つ目の物語。

そして僕の最後の、物語。

 

 

 

 

というのは、ウッソでーーーーーーす。
ごめんなさい。

最初は八木山橋の紹介だけして、おまけエピソードで僕がバイクでコケた話をしようと思っていたのですが、途中で筆が走ってしまい、こんな話になってしまいました。

でも、バイクで転倒した事は本当です。
そのまま止まらず滑ったことも本当で、対向車線にはみ出したことも本当です。

さらに言えばその後一直線にガードレールへ向かい、いやマジで死ぬ!!と思ったところでバイクと僕は止まったんですよ。

その日の気温はマイナス3℃。

路面凍結によるスリップだったんでしょうね。

カチカチに凍った路面は面白いくらいに滑りまして、だからか、僕とバイクに対した怪我は無かったんですよ。

たまたま早朝で車がいなかったから良かったものの、もし本当に車が来ていたら、間違いなく轢かれていたと思います。
今考えても怖いです。

ちなみにこの後、青葉山の別の凍結路面でもう一度コケました。
学習能力が無いんですかね、僕・・・。

仙台の冬は雪が少ないのですが、気温は割と低い日が多いため、思わぬ路面凍結が隠れています。

特にバイクの方は、深夜・早朝の通行にはご注意ください。

 

というわけで、#3000文字橋の第2段、「八木山橋の3つの物語」をお届けしました。
とりとめのない話を、最後まで読んでいただきありがとうございました。

最後にもう一つ。
けして、「八木山橋」で検索をしないように…。

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