【3000文字チャレンジ】せめて雪として

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霧島もとみです。

こぼりたつや(@tatsuya_kobori)さんの3000文字チャレンジに、今回は「雪」という課題が与えられました。

お題をもとにジャンルを問わず、テキストだけで3000文字の文章を作ろうという企画です。

前回の「雑草」に引き続いてのチャレンジとして、今回はいわゆる”ブログ記事”とは趣向を変えて、妄想を暴走させて書き上げました。

以下、チャレンジ本文です。

 


 

「君に潜って欲しいところがある」

それは、上官からの突然な依頼だった。

「何ですか?藪から棒に。潜るって…どこにですか?」

「ああ、急に済まなかったね。でも大事な用件だったから急ぎ伝えたかったんだ。潜るって言ったら決まっているだろう。海にだよ、海」

「はあ、海ですか。いいですよ。最近は潜ってなかったけど、3年位前まではしょっちゅう降りてましたから」

「ああ、そうじゃないんだよ」

「え?」

「君に潜って欲しいのは、そんなところじゃない。君がまだおそらくは一度も経験したことがない、深い深い、想像できないくらい深くて重い海のことさ」

「えっ、それってまさか…」

「そうだ。海洋の深層循環に入って欲しい。おそらく1000年は上がってこれないだろう」

衝撃だった。

水に生まれてから500年ほどになるだろうか。私は、大気から雨として地上に降り注ぎ、川から海に流れてまた大気に戻る、そんな生活をずっと送っていた。

単調だが変化に富んだ生活だった。光を浴びて風を感じ、南洋の暖かさにこの身を震わせ、様々な風景や生物を眺めながら過ごしてきた。

平穏で楽しみに満ちた日々だった。

これからも変わらない毎日が続くと思っていた。いや、それ以外の可能性なんて少しも考えたこともなかった。

それが今、何と言われたのか。

目の前にいる我らが水の管理監は、この私に、今なんと言ったのか。

「急な話でちょっと飲み込めなくて。失礼ですがもう一度、言ってもらっていいですか」

「ああ構わないとも。もう一度言うよ。君に、海洋の深層循環に入って欲しい」

ああ!
なんと言うことだ。聞き間違いじゃなかった。確かに管理監は言った。

この私に!
あの暗黒の!
海洋の深層循環に入れと!!

「どうしてですか!!」

「どうしてとは?」

管理監は水色を変えずに聞き返してきた。そういえばこの上官は、この日はずっと無愛想な水情のままだ。

「なぜ私が深層なんですか!納得いきません。私は南洋の大気に生まれた水。光の届かない漆黒の海の底なんて、しかも1000年なんて、耐えられる訳がありません!」

「なるほどな。しかし、環境こそ違うかもしれないが、どちらも水には変わりないじゃないか」

「全然違いますよ!!」

「なるほどな」

管理監の水温が下がったような声色に、僕ははっとして、僅かだけ冷静さを取り戻した。

「お前も知っているだろう。この地球の生命活動を支えているのが一体何なのかを」

「はい。勿論」

「そうだ。この地球の生命活動を支えているのは、地球上を果てしない量で覆い尽くしている、我々、水だ」

「その通りです」

「もし我々がいなかったらどうなる?地上の熱はあっという間に大気に拡散し、宇宙空間に散ってしまうだろう。昼は灼熱、夜は極寒。地球上が全て砂漠のようになるんだ。地球上の生命体はかなりの割合が死滅してしまい、死の星となる」

「もちろん分かっています。私も日頃からその役割を自覚し、務めを果たそうと心がけています」

「ではなぜ、深層循環に入ることにうろたえているのか」

「それは・・・」

私は慎重に言葉を選んで続けた。

「それは、向き不向きの問題です。私は南洋の大気に生まれました。陽の光に満ちた環境には十分な経験があり、挙動も心得ています。恥ずかしながら自信と呼べるものも持っているつもりです。しかし、深層循環は全く異なる環境です」

「ふむ」

「光が届かない、暖かさもない、そして億万もの水を常に背負いながら流れなければならない過酷なところです。南洋とは真逆の環境だ。私は全く不慣れで経験もない。とても務めを果たせるとは思えません。南洋で生まれた水は、南洋でこそ輝くべきだと考えます」

「なるほど」

管理監は一呼吸置いて、続けた。

「お前の話は、なるほどもっともだ。だがしかし、お前はわれわれ水の本質をまだ理解していないようだ。その事にお前は気付いているのか?」

「えっ?」

私は動揺を隠せなかった。分子の震えが増すのを感じた。

「本質ですか?」

「そうだ。本質だ」

「熱を運び、生命の受け皿となること。これが果たすべき役割であり本質です。これ以外に本質なんていうものがあるとは思えません」

「なるほど。やはりお前は分かっていないようだ」

管理監は続けた。

「それは本質ではなく、作用だ。われわれ水の営みから生まれ出る副産物のようなものだ。お前は目の前の華やかな現象に意識を奪われているに過ぎないのだ。われわれの本質はもっと別のところにある」

「管理監は、何を・・・」

仰っているのですかという言葉は、次の一言に遮られた。

「循環だ」

「・・・」

「循環こそ、われわれの本質だ。お前が話していたようなことは、全て循環によって成されている現象に過ぎない。つまり、われわれの循環が止まったとき、それらの現象も全て止まるのだ。我々は止まることなく循環し続けなければならない」

「循環こそが、本質・・・」

「そうだ。そして循環は小さなものから大きなものまで様々だ。だが小さな循環は全て、大きな循環の存在を前提にして起きている。大きな循環なしに小さな循環は活動できない。エネルギーを受け取ることが出来ない。お前は若く、まだ気付いていないだろうが、もっとも大きな循環がこの地球上には常に流れているのだ」

「その循環とは・・・?」

「気付かないか?大きな循環は小さな循環を支えている。風が吹かなければ水面に波が立たないように。海底に水が満ちていなければ、海面が存在しないように」

私はその言葉にはっとした。

「まさか・・・」

「そうだ。深層循環こそが、この地球上でもっとも大きな循環であり、われら水が起こしている全ての循環の原動力だ。ゆったりと流れているが、その流量とエネルギーの量は他の循環の比ではない。こうしている今も、絶えず流れて循環している。それを支えているのは、長年闇に潜ることを厭わなかった、われらの仲間だよ」

「・・・」

「今深層循環にいる仲間たちも、今ここで話しているわれわれも、等しく水であることに何も変わるものではない。ただ単に、循環の定められた場所が違っているだけだ。忘れてはいけない。今われわれが偶然ここにいられるのも、1000年の永きに渡って闇の底を循環する大勢の仲間がいるからだということを」

そうだ。私はそのことを忘れていた。今も海の底を、圧倒的な重さを支えながら流れている仲間たちのことを。

私はただ聞いていることしか出来なかった。

「そして今、お前に永い旅に出るときが来た。ただそれだけの事だ」

「・・・分かりました」

私は絞り出すように声をあげた。

「深層循環へ参ります」

そして言葉を続けた。

「ただし・・・」

「ただし?」

「1つ、お願いがあります」

「ほう。言ってみたまえ」

「ありがとうございます。1000年の度に出る前に、1つだけ叶えてみたい思いがあります」

私はここで言葉を一度置いた。
管理監は何も言わず、私の言葉を待っていた。

「雪に、なってみたいです」

「雪?」

「はい。雪です。私は南洋の大気に生まれて、その環境でずっと過ごしてきました。だから一度も雪というものに身を変えたことがありません。ですが、話は聞いていました。北方の寒冷なところでは、私達は美しい結晶にその身を変えて、ゆっくりと舞い降りていくのだと。暖かい日が注ぐその日まで、純白に色を変えて、静かな音のない時間を過ごすのだと」

「・・・」

「その話に憧れを覚えながらも、南洋に過ごす私には縁のないことだと思っていました。でも、循環が私達の本質だというのなら、宿命だというのなら、雪になることも1つの循環の形のはず。それならば私は、雪になってみたい。過酷な海底に流れるその前に、雪になってみたい。自分自身を結晶に変え、大気に乗り、時を惜しみながらゆっくりと降下していく真っ白な雪になってみたいと思うのです」

「それがお前の望みなのか?」

「はい。その夢のようなひとときがあれば、私はきっと1000年の永い旅であっても、きっと大気の中で過ごした日々のことを忘れずに過ごすことができると思います。穏やかに、運命を受け入れることができるでしょう」

「分かった」

管理監は続けた。

「その望みは、叶えられるだろう」

「本当ですか」

「深層循環への入り口は、地上の海で一番寒冷な場所にある。そこへ行くがいい。そこでお前は、きっとその身を誰よりも美しい雪に変え、ゆっくりと大気を降りていくだろう。深層を巡る時間に比べれば一瞬のような時間だが、きっとお前にとっては、永遠にも感じる貴重な経験になるだろう」

「では私は・・・海底へ潜るその前に、あの白くて柔らかい、雪になるのですね」

「その通りだ」

もう、私の覚悟は決まっていた。

「それならば異論はありません」

「分かってくれたのだな」

「はい。循環がこの身に宿された定めならば。一度だけこの身を雪に変え、そして海の底へと参ります」

・・・せめて雪として。

その言葉にならない思いをただ抱きしめて、私はその部屋を後にした。

 

師走の街に舞い落ちる白い雪を見ながら、僕は脳裏にこんな物語を思い浮かべていた。

我ながらどうかしている。
はっきり言おう。変態だ。

それを文字に起こして、ブログにアップするという奇行に及ぶに至っては、もう完全に正気の沙汰ではない。

だが、それがいい。

それが#3000文字チャレンジなのだから。

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