昨日Twitterを見ていた時のことです。
沢尻エリカさんの保釈をテレビが速報で報じたことについて、モーリー・ロバートソンさんが「これが何よりも大事なニュースなんだと」とツイートしました。
これが何よりも大事なニュースなんだと pic.twitter.com/b6wdPEDobj
— モーリー・ロバートソン (@gjmorley) December 6, 2019
僕も「またしょーもないニュースを…しかも速報かよ…」と唖然としてしまい、つい「マジでどうでもいい」と引用ツイートしました。
速報ニュース=緊急性が高い重要なニュースのはずなのに、
沢尻エリカ保釈の何がそれなんだ?
というツッコミです。
100歩譲って逮捕なら分かりますが、保釈が重要ってどういうこと?
それが社会的に何か影響するの?しないよね??
相変わらずテレビはくだらないなあ…とその時は思いました。
しかし、しばらくしてからこの案件を思い出したとき、
「いや。テレビとしては当然な速報なのかもしれない」
というように改めて考えられてきました。
それにまんまとツッコミを入れてしまった僕自身に対しても「それツッコんでもしょうがないじゃん…」と、改めてツッコミを入れたりして。
という訳で、テレビの沢尻エリカ保釈速報についてのツッコミで気付いたことを書きます。
テレビが公共放送という思い込みがツッコミを入れさせた
まず、沢尻エリカ保釈速報が社会的に何の影響があるのか?
速報の必要性があるのか?
という点については、まず100%無いと言えるでしょう。
ニュースを見た人の大部分も「へー」「保釈されたんだー」くらいの感想しか正直ないと思います。それよりも元の番組を放送しろよと。
速報ニュース=緊急性が高い重要なニュースのはずです。
だから、それと視点がずれた報道をしているテレビに対して違和感を感じた…というのが僕のこの時の視点でした。
この背景にあったのは、「テレビ=公共放送」という思い込みでした。
無意識すぎて自分でも気が付かなかったのですが、公共の電波を使って放送しているものだから、しかもニュース番組なのだから、公共的な目的を持って放送しているという思い込みを持っていたんですね。
でもよく考えてみれば、まあNHKは置いておいて、少なくとも民法は公共放送ではない。営利目的で放送事業を行っているに過ぎないわけです。事業活動の原資はスポンサーからの広告料や放映権料などに支えられている、つまりお客さん相手の商売なわけですね。
だとしたらテレビの放送自体は誰に向けて行っているのか?
そう。
テレビはテレビのお客さんに向けて放送しているんです。
テレビはテレビのお客さんに向けて放送している
テレビは自分のお客さんに向けて放送しますから、自分の顧客が喜びそうな内容を選んで届けることになります。
面白いな、また見たいな、という内容や情報を選んで届け、また見てもらう。
この無限ループを狙っているんですね。
そこでこの沢尻エリカ保釈のニュースが飛び込んできました。
テレビ側としてはどう考えるでしょう。
「自分の放送局のテレビを見ているお客さんなら、沢尻エリカの話題は興味があるはずだよね。これだけワイドショーでも報道しているし、今どうしているのか、その一挙一投足を楽しみにしてるはずだよね」
「新しいネタも提供できるよね。これでまた沢尻エリカ報道に釘付けだよね」
「よし!速報だ!」
つまり顧客サービスなんです。
自分のお客さんが見たそうなもの、自分のお客さんに見てほしいものを選んで届ける。それだけの事なんですよ。
これって例えば、マクドナルドの店内で「新商品発売!」という広告を出すのと同じなんですよね。
これを見て「いやマクドナルド食べないし…」とツッコミを入れていたのが、僕だった訳です。
ああ、なんと意味がないことをしていたのでしょうか。
(すみません、マクドナルドは大好きです)
僕のツッコミこそ勘違いした、ズレていたものだったんです。
お客さんを脱してフリーに
思えば子供の頃からテレビが娯楽の中心にあった生活を送っていました。
当たり前のようにありすぎて、気がつけば「テレビ=公共的なもの」という思い込みを持っていたんでしょう。
長い間、テレビほどの影響力を持った別メディアも存在しませんでしたから。
でもテレビはあくまでテレビ。テレビのお客さんに向けた放送事業でしかないと考えれば、そもそも「テレビはつまらない」とか「公共的じゃない」とか不満を持つこと自体が、認識を間違えていることに気付きます。
それは「自分はテレビのお客さんである」という認識。無意識の思い込みでした。
だから「こんな意味のない速報を…」という不満を覚える。
けど、そう思う時点で僕はテレビが想定している「お客さん」の像からはズレている訳なんです。
それに自分が気づけば、テレビのお客さんという思い込みからフリーになれる。
フリーになれば、テレビなんて気にしなくていい。あらゆるメディアの中から、自分が面白いと思うものを見ればいい。いちいち、目くじら立てて消耗しなくていい。
無意識のお客さんから脱却して、自分が自由であればいいんだ。
それが情報化社会のメリットですしね。でも、まだまだ感覚的には、旧来メディアの影響が自分自身にも強く残っているなあ…と改めて考えさせられた出来事でした。
その意味ではこの保釈報道に感謝です。