この記事は3000文字チャレンジ「80歳の頃」への参加記事です。
3000文字チャレンジ!第68弾!【80歳の頃】
どうも!
3000文字チャレンジ。
ほいきた!第68弾!今回のテーマは『80歳の頃』です!
以下のルール見てね↓↓↓↓↓
— 3000文字チャレンジ公式アカウント (@challenge_3000) March 19, 2020
今回は文字数が多くなってしまったので、早速ですが、本編に入ります。
どうぞよろしくお願いします。
80歳の頃に戻れるスイッチ、押しますか?
こんばんは。3000文字の案内人、皆川恭也です。
今宵は皆様を”80歳の頃”の世界にお連れいたします。
最後までどうぞよろしくお願いいたします。
では突然ですが。
”80歳の頃に戻れるスイッチ”がもしもあるとしたら、あなたは押しますか?
…。
ああ、失礼いたしました。
ご覧になっている皆様の中に、80歳以上の方はいらっしゃらないですね。
そんな方に80歳の頃に戻るなんて言ってもピンとこない。
ピンと来るどころか、戻るも何も、まだ80歳なんて遠い先の話で全く想像すらできない。そう思っている方が多いでしょう。
確かにそうですね。
でも、ご安心ください。
そんなこともあろうかと、このスイッチにはもう一つの素晴らしい機能を持たせています。
さて。
どんな機能が備わっているのか?
80歳になっていない人がこのスイッチを押したらどうなるのか?
気になりますよね。
それでは幸か不幸か、このスイッチを偶然手に入れたとある一人の物語をお届けいたします。
ーーーーーー
毎日が退屈だ。平凡で変化がなくて、そのくせ嫌な事件や出来事はどんどん耳に飛び込んできて、息をするだけで気が滅入るようだ。
子供の頃に見ていた夢なんてどこへやら。気が付けば一介のどこにでもいるサラリーマンで心と体を擦り減らし、職場と家を黙々と往復する毎日だ。仕事も今のところ安定はしている。給料にも不満はない。家庭もあって妻も子供もいるけれど、習い事がどうとか、将来の学費がどうとか、夢のない話ばかりを浴びせられ、気が付けば溜息をついている。
いつまで続くのだろうか。
日本人の平均寿命は男性で81.25歳だという。今の俺の年齢が35歳だから、こんな毎日があと46年は続く計算になる。
嘘だ。信じられない。
こんな毎日、矢のように過ぎ去ってくれたらどんなに楽だろうかーー。
駅からの帰り道でつまらない想像をしていた時だった。突然、”そいつ”は目の前に舞い降りた。
そう。文字通り、”舞い降りた”。どこから現れたのかわからないが、眼前の空中に忽然と現れたかと思うと、ひらひらと舞う羽のように、ゆっくりと降下して舞い降りたのだ。
「はーい、そこのあなた。あ・な・た」
そいつは陽気な声で語りかけてきた。
「えっ、おっ、俺?」
なんとも間の抜けた返事をしてしまった。だが、こんな非日常な世界観の出来事に遭遇したのだからやむを得ない。
「そう。あなたですよ。あなた、今、毎日がつまらないと思ってるでしょう。私はそんなあなたに……あ、申し遅れました、私、通りすがりの神様です」
「か、神様??」
平然と信じられない単語を口走るその人物に、だが不思議と違和感を感じることはなかった。
「そう、神様です。平たく言うと、この世界を創造したメンバーの一人って感じです。もうね、寿命が無限なものだから、暇を持て余してねえ」
「・・・」
「ところで、あなたは神を信じますか?」
「へ、平均的な日本人として、特定の宗教は信じてないつもりです」
俺がかろうじてそう言うと、そいつは両手で顔を覆い、心底大袈裟に天を仰いでみせた。
「オーッ、ノーッ!!」
何か無神経に傷つけてしまったのだろうか。少し心配したけれど、すぐにそいつは立ち直ったのか、また元の陽気な声で話しかけてきた。
「まあ、信じる信じないと、神様が存在するかどうかは別だ。ていうか僕がここにいる時点で、もう神様存在しているしね。だから君が神様を信じなくても別に僕は全然、ノープロブロブレムさ。安心してね」
一体何を安心すればいいのだろうか。
「さて本題だ。今日はそんな”毎日がつまらない”と思う君に、素敵なプレゼントを持ってきたんだ」
「プレゼント・・・ですか?」
神様からのプレゼント?唐突に何だとは思ったが、まさかの期待に少し背中がざわついた。
「そう、プレゼント。毎日がつまらないと思う君へのね。何だと思う?」
「まさか・・・。宝くじの1等前後賞当選の10億円とか・・・?」
「ブッ、ブ~~~!そんなつまらないものを、神様がプレゼントする訳ないでしょ?もっともっと、心躍る素敵なものだよ」
「異性にモテまくるブレスレットとか?」
「ブッ、ブ~~~!そんなものより、もっといいもの!もう答えを言っちゃうよ?正解は”80歳の頃に戻れるスイッチ”だ~~~!」
嬉しそうに小躍りする神様とは対照的に、俺は固まっていた。何だそれ。全然意味が分からない。80歳の頃に戻るとか言っても、そもそも俺はまだ35歳。
だが神様は何も喋らない。こちらの反応を待っているようだ。しょうがなく、俺は口を開いた。
「その”80歳の頃に戻れるスイッチ”って、何なんでしょうか。タイムマシーンみたいなもの?でも、戻るも何も、80歳になるのなんてまだまだ先の話だし、正直意味が分からないです」
待ってました、みたいな目をして神様は言った。
「いい質問ですねえ。じゃあ、まず一つ目。タイムマシーンって時間旅行をする装置のことを言っているんだと思うけど、それじゃあない。次に二つ目。まだ80歳を過ぎてない人でも大丈夫。80歳の頃に戻るのではない、もう一つ別の機能が付いてるんですよ」
「別の機能?」
「そうです。素晴らしい機能ですよ。何と!このスイッチを押したその瞬間、あなたは時間をショートカットして80歳の自分になることが出来るんです!」
「それって・・・やっぱりタイムマシーンじゃあ?」
「違います。詳しく説明しましょう。いいですか?このスイッチを押した瞬間、あなたの意識はとある異空間に転移します。転移するのはあなたの意識だけ。肉体と精神はこの世界にそのまま存在して、これまで通り普通に生活をしていきます」
神様はそこで一旦間を取った。困ったことに、話している内容がさっぱり分からない。
「つまりどういう事かというと。あなたは80歳になるまで普通に生活をしていきます。ただ、意識だけがない。あなたは自分が何をしているのかが全く感じられない。食事や睡眠、会話や仕事も全部普通、今まで通りにできますが、それを一切感じない。意識が異世界にありますからね。そして80歳になったときに意識が異世界から戻ってくる」
そこまで聞いて、少し分かった気がした。
「えっと、つまり・・・」
「そう。要は寝て起きたら、80歳になってたって事と似たようなもんです。80歳までの自動運転、と言い換えてもいいですね。あ、もちろん、それまでの時間は普通に過ごしてますから記憶も当然あります。無いのは80歳までの間の意識だけ。その間リアルタイムの意識だけが無いってことになんです。夢のようでしょう?退屈な毎日を80歳までショートカットできるんですよ?」
「じゃあ、俺は80歳までは絶対生きてるっていうこと?」
「いやいや、そうとは限りません。死んでるかもしれないですよ?未来なんて誰にも分らないですからね。ちなみにその場合は、意識が戻った瞬間に死んでるってことになります。でも身体が無いだろうから、どうなるのかな・・・」
「神様なのに分からないって・・・」
「だって私、死んだことないですから。でもまあ、この時世ですから、多分生きてるんじゃないですか?平均寿命から言えば、生きてる確率の方が高いと思いますし」
「なんだか適当な神様だな・・・」
「さあ、そのスイッチがこれです!」
そう言うと、神様は懐から何かを取り出して俺に手渡した。どこかで見たことがある物体だった。すぐに分かった。
病院にある、ナースコールのスイッチだった。
「何だこれ・・・」
「見た目は普通のスイッチですが、間違いなく、”80歳の頃に戻る”奇跡のスイッチです。見てください。横にちゃんと書いてあるでしょう?」
よく見ると、スイッチの腹の部分に、黒いマジックのようなもので「80歳の頃に戻る」と書かれてあった。達筆なその文字に、何故だか少し腹が立った。
「さあ、どうしますか?押した瞬間、あなたは80歳まで一気にショートカットできます。凄くないですか?素敵ですよね?退屈な毎日は、もうこれでおさらばしましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「ん?どうしました?」
「急に言われても、いきなり押せる訳ないよ。スイッチの話が本当だとしたら、押した瞬間に80歳の自分になるんだろ?にわかには信じられないし、確かにちょっと面白い話ではあるけど、よく考えてからじゃないと・・・」
「ああ、よく分かります。でもね、ちなみにこのスイッチの有効期間なんですけど、番組終了後の30分間だけなんですよ」
「えっ、たった30分?」
「でも今回だけ特別にいいですよ。あなたの”スイッチを押したい”という気持ちを尊重して、有効期間を無期限にしてあげましょう。神様からのプレゼントです」
その言葉に何故かほっとした自分に気付いた。
「ただ有効期間を消した以上、そのスイッチは消すことができません。壊すこともできません。何かの拍子でスイッチを押してしまったら、その瞬間に起動しますから、くれぐれも保管には注意をなさいますよう・・・」
そこまで言って、神様の姿が急に薄くなった。
「それではさようなら。最後に神様だと信じてもらうために、ささやかな奇蹟を贈ります。良い時間を過ごされんことを・・・」
言い終わると同時に、神様はほんの少し浮き上がり、次の瞬間に霞のように消えた。まるで冗談のような出来事にしばらく放心していたが、何か本のようなものが足元に落ちているのに気付き、それを手に取った。
それが何かを理解したとき、戦慄が走った。
再来週号のジャンプだった。当然まだ発売もされていないはずのーー。
右手に握りしめたスイッチの重さが、急にずしりと増したように感じられた。
ーーーーーー
あれから半年ほどの時間が過ぎた。
神様から渡されたスイッチは押していない。いや、実は、押そうと思ったことは何度かあった。
つまらない毎日に辟易した時。
代り映えのない仕事に溜息を付いた時。
人口減少社会の将来に嫌気が差した時。
子供の学校の成績のことで妻と口論になった時。
人生が死に向かって進むだけの時間だとして、その毎日がこんなにつまらないものの繰り返しなら、さっさとショートカットした方がどれだけ気楽だろうか。
今ここでスイッチを押せばそれが叶うんだ!そう強く考えたものだった。
でも押さなかった。
「いつでも80歳までショートカットできる」という伝家の宝刀を持っている、その感覚が、次第に俺の思考を変化させていったからだ。
いつでもショートカットできるのなら、まだ早い。
いつでも押せるんだから、まだ早い。もう少し様子を見て、本当に心底つまらないと思ったときに押してやろう。
そう考えていると、なぜか、つまらないとばかり考えていた毎日が僅かずつ変化していることに気が付いた。同じような毎日でも、全く同じ日々はない。絶えず変化し、流れていく。
二度と戻ることのない瞬間の積み重ねなんだ。ああ、俺は一体これまで何を見ていたんだろう。
そんな風に考えるようになっていたからだ。
思えば、あのスイッチは、違う意味での神様からのプレゼントだったのかもしれない。俺は皮肉にも、あのスイッチを渡されて、80歳までの時間を跳躍できる権利を持って初めて、時間というものの貴重さに気付くことができた。
あの時神様に出会っていなければ自分はどうしていただろう。そんな事さえ、今は思う。
そう考えていた時だった。ポケットに入れていたスマホが振動した。妻からの着信だった。
「もしもし」
「今日は何時に帰る?」
「うん。定時で帰れそうだから、今日は俺が頼子を迎えに行くよ」
共働きの俺たちは、早く帰る方が保育園に迎えに行くことに決めている。その電話だった。
「分かった。それから、私のカバンに変なものが入ってたんだけど・・・」
「え?変なもの?」
「なんか、スイッチみたいなもの。ナースコール的な?私は覚えが無いし、ひょっとしてあなたのもの?」
一瞬にして背筋が冷たくなった。そう。それは俺のものだ。押してはいけないスイッチだ。けど、それがなぜ妻のカバンに入っている?
「え?あ?ナースコールのスイッチなら、良く分からないけど、俺のものかもしれないなあ。前に」
「あらやだ。変なもの、人のカバンに勝手に入れないでよね。何これ、そういう趣味?押したら変な音でも鳴るの?振動でもするの?」
「あ、バカ、そのスイッチは押したら駄目だめ・・・」
「えー!信じらんない。やっぱり変なやつなんだ。どれどれ・・・」
「あ、いや!馬鹿!そう」
次の瞬間、俺の意識は真っ白になった。
ーーーーーー
いつものように目が覚めた。
いつものように軽く背伸びをしたあと、念の為、手摺に手を添えながら、2階からリビングに降りていく。
足腰はまだまだ強いけれど油断はならない。なにせ、もうずいぶんと年をとった・・・はずだ。
「おはよう」
リビングで声をかけてくれるのは、長い人生を一緒に過ごしてきた・・・はずだけど、どうしてだろうか、見つめていても、現実と感情とが一致しない感覚が拭えない。
長い人生を一緒に過ごしてきた、大切な人だ。
大切な人のはずだ。
その記憶もある。
ただ、何故だか分からないが、意識だけが伴わない。
現実味が感じられない。
「今日は80歳の誕生日だね、おめでとう」
そうか、自分は80歳になったんだ。
冗談のような非現実感が拭えないからなのか、自分を見つめる優しい表情に感情が揺さぶられたからなのか。
理由のない喪失感からなのか。
暫くの間、涙が止まらなかった。