【日記】ピアノは心を調律する

今日は変なことを書きます。

「変なこと書いていい?」

「そういうの、大好きだ!」

と言ってくれるハンス王子のような人もいないため、勝手に書くことにさせていただきます。

さて。

我が家にはアップライトピアノがあります。

子供にピアノを習わせるなら電子楽器じゃなく本物の楽器で練習させたい、という名目のもとに買いました。

本当の理由は自分がピアノを欲しかったからですが、でもこの名目にも一理はあると思ってます。

ピアノを習ったことがある方なら理解できると思うんですけど、性能は上がっているとはいえ、電子ピアノと本物のピアノってタッチの繊細さが全然違うんですよね。

私は子供の頃、電子ピアノで練習していました。練習では「俺、めっちゃ上手やん!!」て思うんですが、教室のピアノではなぜか下手にしか弾けませんでした。音の大きさが全然揃わないんですよ。てんでバラバラ、自分が恥ずかしくなるレベルにしか弾けなかったんです。

レッスンに行く度に「なんて俺は下手なんだ。思い上がっていた、恥ずかしい」と思う日々。

それが本当に嫌でした。

だから本物のピアノが欲しい。できれば小さくても良いからグランドピアノが…。

というのが長年の夢だったわけで、子供を言い訳にして、半分を実現することができました。これは本当に嬉しかったですね。

さて。

最近、脳の本を乱読することでなんちゃってな脳知識を蓄えておりますが、その中で面白いと思ったことが「思考する箇所は、知覚と運動を司る箇所とは別」という事です。

まだ十分に勉強が進んでいないためうまく言語化できませんが、「思考すること」は、知覚・情動・感情・動作の処理から一歩遠回りした処理が必要、というような感覚で今のところは理解しています。

これを例えばピアノでいうと、「指をこう動かそう」という思考は、実際の演奏からしてみればタイミング遅れのノイズのようなもので、甚だ邪魔なものということになります。

実際にピアノを弾いてみると、肩の力を抜き、あれこれ考えず、体と感覚にまかせて弾くことでなんだかスムーズに演奏できるような気がするんですよね。

体と指を動かし、その動きを感じ、耳で聴く。意識ではおおまかなイメージを与えて、全体を整える。

これ、とても気持ちが良いです。

うまく連動すればするほど、演奏も軽くなり、楽しくなります。

逆に意識が勝つような状態になってくると、とたんにギクシャクしだし、演奏が破綻します。

ふと思いました。

ピアノを弾く行為って、何か、自分の心を調律するみたいだなと。

意識が常に勝った状態では身体に負担がかかる気がします。

そんな時はピアノを弾いて、自分自身のこころ=脳の機能の状態を確かめてみるのも良いかもしれません。

あー。

やっぱり変なことを書いてしまいました。キャラに合わないなあ…。

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