幸せのパン(ショートショート)

とあるパン職人が「食べた人が幸せな気持ちになるパンを作りたい」と考えた。

パン職人はライフワークとしてその作業を続けていた。
なかなか思うように焼けなかったが、ある日突然「食べた人が幸せな気持ちになるパン」が焼けた。
パン職人はものすごく喜んだ。

次の日、パン職人はまた同じように作ろうとしたが、うまく焼けなかった。
その次の日も駄目だった。
その次の日も・・・駄目だった。
でもしばらくするとまた焼けた。

そうこうしているうちに、パン職人は、そのパンが焼ける日に法則があることに気付いた。
「パン生地を寝かしている夜に、流星が多く空をまたいだ日」
に限って、そのパンが焼けるという法則だった。

パン職人はまさかとは思ったが、星空予報に従ってパンを焼くようにしたところ、安定して焼けるようになって確信した。
パン職人は「これで多くの人を幸せにできる」とものすごく喜んだ。

「食べた人が幸せな気持ちになるパン」は飛ぶように売れ、評判はまたたくまに広がった。
やがてニュースでも報道され、多くの人に知られるようになった。

ある日、ニュースを見たとある研究者が興味を持ち、「食べた人が幸せな気持ちになるパン」の分析を始めた。
しばらくして、パンの酵母が、流星の飛来がもたらすイオンに反応し、特殊な物質を放出することを発見した。
さらにはその物質が人間の脳に作用して「社会的幸福感」をもたらすことを突き止めた。

研究者はその物質を「ヒトスキシン」と名付け、栄養食品として商品化した。

その食品は副作用がなく、食べるだけで幸福感を誰でも味わうことができた。
ヒトスキシンは爆発的に売れた。
「食べた人が幸せな気持ちになるパン」が発売された時とは比べ物にならないスピードで、社会に「幸福感に溢れた人」が増えた。

しかし想定外の副作用が生じた。
ヒトスキシンによって幸福感を満たされることを学習した人は、次第に他人に興味を示さなくなった。
それだけでなく、むしろ他人に対して攻撃性を表す人が増えてきた。

社会は荒れた。
人との関係性によらず社会的な幸福感で満たされた人間は、もはや、他人を必要としなくなったのではないか?とヒトスキシンの危険性が指摘されるようになった。

やがてヒトスキシンは薬として指定され、規制の対象となった。
医師の処方箋がなければ手に入れられなくなり、医師は強力な権力を持つようになった。
これに反発したのがパン職人連盟だった。
「元々は単なるパンなのだから、これは我々の分野だ」と主張して、独自にパンを売り出した。そうしたところ法律で規制され、パン屋は犯罪者にされてしまった。

そんな成り行きに胸を痛めていた人間がいた。
「幸せな気持ちになるパン」を最初に焼いたパン職人だ。
「せっかく、人を幸せにするパンが焼けたのに、幸せは人の手からこぼれ落ちてしまった。
どうしたら、人を幸せにすることができるだろう」
パン職人は考えた。

自分自身を追い詰めたパン職人は、今度は「食べた人が不幸な気持ちになるパン」を焼いた。
そのパン屋はたちまち評判が悪くなり、潰れた。

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