霧島もとみです。
この記事は、こぼりたつやさんが主催する#3000文字チャレンジ「橋」の記事です。
『橋』さえ絡んでいれば、どんな文章でもOK!
・画像、動画及び文字装飾禁止!
無機質な活字のみ。無機質に命を吹き込もう!
今回はテーマが決まってから何度となく橋を眺めているなかで、ふっと湧き上がったイメージをそのまま形にしてみました。
橋にまつわる寸劇をお届けします。
題して「橋はウザくないくらいで丁度いい」
でもタイトルにあまり意味はありません。
それでは、はじまりはじまり〜。
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トンネルの向こうには、あなたの知らない異世界が存在する。
橋の向こうには、あなたと異なる時空を生きるものたちの世界が存在する。
焼肉屋古慕里は、そんな世界に存在する一軒の飲食店。
八百万の神々が訪れては、香ばしく炙られた噛むほどに肉汁が溢れ出す牛肉に舌鼓を打ち、日本各地から届けられた酒や焼酎に酔いしれ、明日を動かすための神気をみなぎらせて帰っていく。
今日も満席に近い繁盛ぶりだったこの店で、一人焼肉を楽しもうと、2柱の神が訪れた。
生憎一人で座れる席は空いておらず、相席で座ることになった2柱の神は、顔を見合わせると「おっ」という顔をした。
どうやら知り合いらしかった。
「やあ、川の神じゃないか」
「そういうあんたは、橋の神じゃないか」
「ひょんなところで会うものだね」
「毎日顔を合わせてるのに、こんなところでも会うとはね」
「どうだい。元気にしてるかい」
「元気にしてるとも。あんたはどうだい?」
「ちょいとばかり体にガタが来てるところもあるが、元気だよ」
「そうかい。何はともあれ元気で良かった」
そこまで話すと2柱は椅子に座り、手元に届いたばかりの酒の器をそれぞれに持って、カチンと静かに鳴らし合わせた。
それから軽く喉を潤し、酒気の混じった息をお互いが気の済むまでにゆっくりと吐き出し終わると、再び話し始めた。
「ところで橋の。体にガタって言ってたよね。あんた若いくせに、年寄りみたいなことを言ってどうしたんだい」
「しょうがないだろう。おれは、人間に作られたものに宿った神だからね。自然に宿るあんたとは違って、宿り先の寿命がね、あんまり長くないんだよ」
「そうかい。そりゃ大変だね」
「でも代わりといっちゃ何だけど、次々と新しい宿主が生まれてくる。どんどん強くて格好良い、大きな宿主が作られるんだ。人間ってのは凄いねえ。その度におれ自身もアップデートされていく気がするよ」
「え?何だって?」
「ん?何がだい?」
「今あんたが言った、あっ…あっぷ何とかいう言葉だよ。そりゃ何だい」
「ああ。アップデートのことかい?そうだな・・・新しいものに作り変えられるってことかな」
「なるほど。新しい橋が作られるたびに、そこに宿るあんた自身にも、新しい何かが入り込んできて、その影響を受けるってことかい」
「そういうこと」
「初めからそうやって、分かるように言っておくれよ。しかしそれは、趣があるねえ」
「褒めてくれてありがとうよ。でも、あんただって、昔のままってことはないだろう?」
「そうだねえ。わしは逆に、息苦しくなるばっかりさ」
「どういうことだい?」
「私ら川ってもんは、高いところから低いところへ流れる、ただそれだけの存在さ。大雨が降りゃあ流れは荒くなり、日照りが続けば地面の下へ姿を隠す。たったそれだけの事なんだけどさ、近頃は生きづらくていけねえや」
「生きづらいって、何がだい」
「もうね。体じゅうをカチコチに固められて、身動きひとつ取れないのさ。それだけじゃないよ。これまで外に吐き出していた泥や土も、行き場がないからどんどん体ん中に溜まっちまって、うまく流れねえ。なんかねえ、息苦しいんだよ」
「そりゃあ・・・大変だねえ」
「大変だろう?」
「大変だろうよ。川の。そろそろあんたも、リノベーションしなきゃいけねえ時期なのかもしれないぜ」
「リ・・・ん??何だって??」
「何がだい?」
「橋の。今その・・・あんたが言った、なんとか・・・しなきゃいけねえってことだよ」
「ああ、リノベーションのことかい?」
「そうそう。その、りの・・・何とかって、何なんだい」
「そうだな・・・規模の大きい改修をするって事なんだけど・・・主要な部分はしっかり残しつつ、最新の要素を取り入れながら全体的に修理していくってことかな」
「なるほど。でもそれならそれで、最初からそうやって言っておくれよ。わしみたいな古いモンには、聞き取れないよ」
「川の。それがあんたの駄目なところだよ」
「ん?何がだい?」
「あんた、最近の流行や、若い神の話すことに何の興味も持ってないだろう」
「バカなこと言っちゃいけないよ。橋の。わしはコレでも、常に形を変える神として有名なんだよ」
「いつの時代の話だよ。さっきカチコチだって、自分でも言ってたじゃないか」
「それは体の話だろう。頭の方は、変わらず自由自在さ」
「じゃあ聞くが。川の。”ツイッター”って知ってるかい」
「ついったー?」
「そう。知ってるよな?人間のなかじゃ当たり前だぜ」
「そりゃあ勿論、知ってるとも」
「じゃあ教えてくれよ」
「あれだよ・・・攻撃が当たったって事だよ」
「何だよそれ?」
「剣で“突いた”ってことだろう?」
「あーあ、ぜんっぜん違うし、ダジャレにしても面白くもないな。やっぱ川の。あんた頭が古いよ」
「・・・調子に乗るんじゃないよ!」
ダン!と強く右手を机に振り下ろす音に続いて、並んだ皿が小さな悲鳴を響かせた。
注文が落ち着いたのをいいことにスマホをいじっていた店主が、その指をぴたりと止め、2柱の方に目を向けた。
川の神は今にも飛びかからんとする勢いで激昂した。
「橋の!ちょっと新しい言葉を知ってるからって、何なんだい!」
「おっと。キレんなよ。川の」
「だいたいあんたのことは前から気に入らなかったんだ。いつもわしのことを高いところから見下ろして、何様のつもりだい」
「何様って・・・神さまだよ」
「馬鹿にしてんのかい!」
「いやいや、事実だし」
「そもそもあんた、川がなけりゃあ存在できない、おんぶに抱っこ神のくせに、偉そうな顔をするんじゃないよ」
「ほう?言うじゃないか」
「それにあんた、毎日のように人間と、その乗り物に踏んづけられてるじゃあないか。ご苦労さんだね。それで嬉々として毎日を過ごしてるなんて、あれだね、あんたMってやつか」
「おれはそんなんじゃねえよ」
「あんたいつも、重さに耐えるのに精一杯で、ギシギシ、ヒイヒイ嬉しい悲鳴をあげてるくせに」
「あげてねえよ」
「ほらほら、言ってごらん。ここが重いのかい?」
「しつこいなあ…」
「ここが重いんだろ?ここが重いんだろう?」
「ちょっといい加減に…」
「10トントラックを走らせてやろうか!」
「やめてー!!」
「鳩をいっぱい欄干に止まらせて、糞だらけにしてやろうか!」
「こらーっ!て、いい加減にしろ!」
「わしはこう見えても、あんたのことを毎日下から覗いてんだよ…」
「変態かよ!」
「あんたの大事なところを写真に撮って、ばら撒いてやろうか!」
「もはや罪の匂い!」
「溶接部の点検写真だよ!」
「うわホントに大事なところ!って、川の!なんなんだいこの問答は!」
「どうだい?あんた、わしがまだまだ若いってことが分かっただろう?」
「はいはい分かりましたよ。新しいかどうかはともかく、元気なことはよく分かりましたとも」
「これに懲りたら生意気な口をきくんじゃないよ」
「はいはいかしこまりました」
「何ならあんたを作るのに必要な、河川法の占用許可を全部取り消したっていいんだよ?」
「そ、それは困る!てか、神のくせに人間の法律を笠に着るんじゃないよ!」
「ふふん。許可権はこっちにあるってこと、くれぐれも忘れるんじゃないよ」
「くっ…。腐っても年の功。口の達者さはさすがだな」
「フフフ」
「で、どうするんだ?」
「何がだい?」
「この話のオチだよ」
「オチねえ…」
「ここまでしょうもないおれらの話で引っ張ったからには、凄えオチがあるんだろ?」
「それはなあ」
「何なんだ?」
「オチは、無い」
「無いんかい!!」
「だってあんた、橋の神だろう?」
「・・・そりゃそうだけど、何か?」
「橋はさ」
「橋は?」
「落ちないように作ってるじゃないか」
「??」
「落ちないだろ、橋は」
ガシャン!!
その時、厨房から大きな音がした。重ね持っていた皿をその手から落とし、青ざめた表情をした店主がそこに立っていた。
さっきまで言い争いをしていた2柱の方を見つめて、僅かに震えながら口を開いた。
「ま、まさか・・・。
橋だから落ちない。
オチない。
オチがないってことなのォォォ!?」
「そうだ。フフフッ。ハッハッハー!これがこの話の結末さあああああ!!」
川の神の勝ち誇った笑い声が、しばらくの間、異界の飲食店を支配した。
完、そしてごめんなさい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。